第二話: the 2nd Babylonian Captivity−4


地獄のような時間が延々と続いていたあるとき、突然注射が止まった。何度も刺されて首筋は腫れ上がり、出血しすぎて意識が朦朧としていたが、痛みが引いたのに追加の注射がなく、意識が池に石が投げ込まれてできた波紋のように少しずつ覚めていった。

様子をぼんやりと窺っていると、男たちが驚いたようにパソコンを見ていた。腕や足、心臓、頭に様々な計測機器が取り付けられ、コードがサーバーに繋がれており、どうやら観察されているらしい。いったい何をしているのだろうか、と眺めているところに、おもむろに背後の扉が開いた音がした。


「朝倉!大丈夫か!」

「…みぞ…ぐちさ…?」


声の主は溝口だった。この部屋に連れられたときに絶叫を聞いた気がするが、無事らしい。
パソコンの周りにいる男たちはこちらを見てはいるが特に止める様子はなかった。しかし溝口の後ろからは銃火器の金属音がするため、余計な真似はさせないようにしている。


「…これは…な、んすか……」

「よく耐えたな、つらかったよな、ごめんな…!」


溝口はベッドまで来ると、伊吹の血がにじんだ手を握った。痛覚は働かず、何も感じない。定まらない視界で溝口を見上げると、そっと頭を撫でてきた。


「驚かないで聞いてくれ。いいか、俺たちは…いわゆる『魔法使い』になった」



***



伊吹たちに対して行われていた行為は、まさに人体実験だった。その実験内容とは、なんと人間を造り変えて彼らいわく「魔法使い」にすること。言い方は様々で、超能力者と言ってもいいのかもしれないが、少なくとも普通の人間ではなくなった。

先に実験を終えた溝口、烏養、直井の3人が、この施設の兵士たちのたどたどしい英語から聞いた話では、超人的な力を持った人間兵器の生産のための人体実験がここでは行われており、被検体であった伊吹たちは特殊な力を持っているというのだ。にわかには信じがたい話であったが、溝口に連れられて部屋を出て、男たちに見張られながら大きな部屋へ入ると、及川たち全員が揃っていた。部屋に響く爆音のせいで伊吹たちが入ってきたことには気づいていないが、全員、爆薬もないのに爆発や衝撃波を起こしていた。すでに部屋はめちゃくちゃになっている。


「…んだ、これ……」


溝口に支えられないと立っていられないが、そもそもこんな光景を見たら腰を抜かしていただろう。
及川は手を前にかざすと、光のレーザー光線のようなものを放出した。牛島は不自然に直線的な衝撃波を、木兎は爆発を起こしている。


「俺もいまだに信じられねえ。でも、現実だ。ここにいる兵士たちも同じような力を持ってる、迂闊に戦えねぇんだ」

「…目的は、なんすか。洗脳でもしなきゃ、おれら、へいしになんて…」


まだ呂律も回りきらないながらも聞くと、溝口は小声になる。


「そこに立ってるやつ、洗脳ができるみたいだ。昨日、やってるの見た」

「…てか、何日経ったんすか」

「俺たちは全員一日。朝倉だけ三日かかった。どうやら一番強力な実験を行ったらしい。文民相手にやって生き残るとは思わなかったみたいだ」


恨みを持っているような口ぶりであったから、殺すつもりだったのだろう。データが取れればラッキー、という程度の。しかし彼らの予想に反して伊吹は生き延びた。成功したのだ。


「……あいつら、なんも言ってこねっすね」

「俺はあいつらから、朝倉に説明して力を試させるように言われてんだ。だからそろそろお前も、力を使ってみる必要がある。行こう」


やけにおとなしい男たちの行動に合点がいったところで、溝口に連れられて及川たちのところへ向かう。その気配に気づいたのか、牛島が振り返った。


「っ、伊吹!!」

「えっ!?わっ、伊吹!!」

「伊吹ーー!!!」


牛島の大きな声につられ、及川と木兎もこちらを向く。烏養と直井もその声で気付き、安心したように笑みをもらした。


「朝倉、良かった、無事だったか」

「これで全員生き延びたな」


伊吹たちよりも大人である烏養たちは落ち着いているが、及川たちはほぼ半泣きで伊吹に駆け寄った。背後で監視の男たちが舌打ちをしたが、こちらも迂闊に手を出すわけにはいかないだろう。未知の力、それも空想やおとぎ話のような力を手にした直後だというのにこの順応ぶりだ。

溝口に寄りかかり自立できないでいる伊吹に憚って及川たちは抱き着きこそしなかったが、飛びついてきて無事を確かめた。


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