第二話: the 2nd Babylonian Captivity−5




「及川さんたちも…なんすね、」

「そうだよ、みんなあのクソ実験に付き合わされたんだ」

「ぜってー許さねー」


伊吹はいつも通りに見える及川たちにひとまず安心した。外傷はないようだし、元気そうだ。自分が一番ひどいのだと分かれば、まずはほっとできる。普段明るい木兎もこればかりはまったく許せないらしく、鋭い目つきで睨んでいた。


「伊吹だけ三日間も実験されたと聞いて心臓が凍るようだった」


牛島はそっと伊吹の頬を撫でる。まだ血で汚れているだろう。心配そうな瞳に申し訳なくなる。


「…すんません、俺、ただでさえお荷物だったのに……俺がいなきゃ、もっと早く逃げられてましたよね」


ここまで力が使いこなせているのだから、恐らく及川たちはすぐに逃げられたはずだ。それをしなかったのは、伊吹の生死が分からなかったからだ。文民である伊吹を置いていくことなど彼らにはできない。

そう言うと、近くにやってきていた烏養にぽす、と頭を撫でられた。表情を窺うと、その目には少しの怒りが見える。本当なら軽くでも小突かれていたところを、体に配慮して頭を撫でるという逆のような行為にしているようだ。


「なにバカ言ってんだ。及川たちはお前がめちゃくちゃ大事で、お前が実験されてる間気が気じゃなったんだぞ。俺たちだってそうだ。武民と文民とかそういうことじゃねぇ」


単に心配していたのだ、という烏養の言葉に、及川や牛島も少しだけ怒ったように頷いた。木兎は近くに来て伊吹と視線を合わせると、いつもの人好きのする笑顔になった。


「あいつらは何があっても殺す。だから安心しろ!」


その笑顔で言った言葉はとても表情にあうようなものではなく、「キレてんね」と及川も呆れたようにしていた。しかし、反論はしなかった。


「言っただろ、守るべきやつがいる方がパフォーマンスが上がるって。魔法、だなんてふざけたモンでも使いこなしてみせたんだ」


直井は以前キャンプで言っていたことを繰り返した。彼らは伊吹が生還し、ともにここから逃げるために必死に頑張ってくれたらしい。


「…ありがとう、ございます。帰りましょう、日本へ」


こんなにも思ってくれている人たちがいるのなら、伊吹も、精一杯生きる努力をしなければならない。この砂漠から、緑豊かな祖国に帰るのだ。



***



「魔法」という力は、それを生み出した彼らにもまだわかっていない力であるらしい。

溝口と及川に教わりながら、伊吹は自身に植え付けらえたこの力を理解し使えるようになろうと、体中の痛みを無視して広大な地下の部屋で歯を食いしばった。

彼らがすぐに洗脳をせずにおいたのは、実験の結果として誰にどのような力が備わるかわからず、相手の意思を奪う洗脳をしてしまうとその能力を判断できなくなってしまうからだった。
力の種類というのもあまり体系化されておらず、ある程度傾向として明らかになった部分はあるものの、現状としては不透明としか言えないようだ。


「なんかこう…体内の力というか気力というか、そういうのを集中させる感じ」


及川の漠然とした説明ではまったくイメージが沸かず、伊吹はなんとなく手を前にかざしてみる。


「そうそう、なんかそうやって意識を向ける方向を手とかで示すと分かりやすいかも」

「そうだな。手元からエネルギーが放たれるときもあれば、俺は離れた場所で現象が起きることもある」


及川と溝口に相次いでアドバイスを受け、言われるがまま手をかざし、意識を手の先から離れた部屋の反対側へ向けてみる。牛島は衝撃波を、木兎も爆発を起こしていたから、そういった現象をイメージしてみた。

すると、体内を熱が移動するような不思議な感覚が走った。それはかざした右手の先へと向かっていき、やがて手のひらに集中する。これを放つようにすればいいのだろうか、とイメージして力を籠めると、突然、手のひらから少し離れた空間から爆発が発生した。轟音が耳にキーンと響き、爆風は前方だけに向かっていく。それでもいくらか風がこちらに吹き付け、衝撃で体が後ろに倒れそうになる。すぐに及川が抱き留めてくれたため倒れることはなかったが、衝撃の走った手には痛みが走り、耳は水中にいるかのように音が聞こえにくくなった。

徐々に音が聞こえるようになってくると、及川が心配そうに覗き込む。


「大丈夫?すっごい爆発だね」

「……まじか」


呆然とつぶやくと、黒い煙が前方に漂う光景が及川の端正な顔に遮られる。


「爆発系の魔法は使えるみたいだね。エネルギーが音や反動にもいってるから、もっと収束させて、すべてのエネルギーを前に爆発として出した方がいいかも」

「…このエネルギーはいったいどこから……」

「よくわからないけど、魔法って感じだね。いわゆる魔力にあたるエネルギーが、燃焼を起こしたってわけでしょ?無から有を生み出す、まさに文字通り魔法だ」


何が一番驚きかと言えば、この爆発によってまったく力を使った感覚がないことだ。こういうのは、ゲームでいえばMPで表される力によるもののはずだが、それが減ったような感覚がなかった。


「…力を、使った気がしねっす」

「……三日間にも及ぶ実験は伊吹だけだ。それがどれだけ伊吹に力を与えたのか…ちょっと想像もつかないな」


ぼそりと呟いた及川の言葉に、伊吹は自分の体がどうなってしまったのか、不安に駆られる。ぐ、と拳を握ると、察したのか及川がそれを優しく包み込んだ。そして柔らかく、「大丈夫」と囁く。


「絶対俺がそばにいるから」

「…、はい」


そんな些細な言葉ひとつなのに、それなら大丈夫だ、という気がしてくるのは、それが及川だからなのだろう。伊吹は息をついて、拳を開いた。


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