第四話: Völkerschlacht−4
「…牛島さん、一瞬だけ、時間ください」
そう言って伊吹は、牛島にもたれる。胸元に顔を埋めるようにして体重を預けると、ふと、キルクークでのことを思い出した。
そういえば、クルディスタン攻撃が始まってキルクークから撤退するとき、ホテルで同じことを言って牛島にもたれていた。
あのとき、確かに伊吹は願った。
「人でいさせて欲しい」と。
その意味は、あのときは戦争が人が人でなくなってしまうものだったからこそ願ったものだった。今は、本当に人でなくなってしまったからこそ、文字通り、人でいさせて欲しいと願う。
しかしその願いも、そう強いものではなくなった。どんな伊吹でも好きだと言ってくれる牛島が隣にいてくれるからだ。
ひとつだけ深呼吸をしてから、伊吹は顔を上げる。そして、眼下の市街地に目を向けた。
無線を連合軍のオープンチャンネルに設定して、口を開く。
「“Named” to all station, brace for impact.(ネームドより各員、衝撃に備えよ)」
それだけ述べて無線を止めると、伊吹はライプツィヒ郊外の住宅街に位置する路面電車駅に照準を合わせる。可視化魔法で特定したその座標は、平凡な住宅街で、壁面に落書きが多いドイツの大都市らしい風景だった。パリにいたからか、地味に感じる。
「遠隔地発魔爆砕術式、展開」
そして一気に魔力を展開すれば、魔法式がライプツィヒ西部を覆う。魔法の影響範囲が魔法式の大きさに比例するため、広大な魔法式はまさに、この範囲が破壊されるのだと明らかにしている。その瞬間にスタジアムや競技場にいる枢軸軍が慌てて黒い壁を出現させ始めた。魔法式の展開によって攻撃されることを察した魔法科兵が防御態勢になっているようだが、それは無意味だ。
ぐ、と伊吹は牛島の迷彩服を掴む力を強める。それに合わせて牛島も伊吹を抱き締める力を強くした。
次の瞬間、アルトリンデナウ地区とロイッチュ地区にまばゆい光が輝く。
機内の全員が目を閉じた直後、光は火球へと変化した。
平原の大都市郊外の住宅街は一瞬にして火球に包まれ、川も公園も森林もすべてが見えなくなる。スタジアムと競技場も火球の中に消えた。
続いて衝撃波が爆風となってライプツィヒに広がっていく。高さがそろえられた街並みは一瞬にして煙に包まれていき、高層住宅やシティタワー、新市庁舎の尖塔から爆心と反対方向にガラスや粉塵が爆風に乗って飛んでいく。公園や森林の木々は根元から吹き飛ばされ、湖や川の水も霧となり、ライプツィヒの戦いのモニュメントも爆風に隠れた。
爆風は輸送機にも到達し、衝撃が走り大きく揺れる。ハッチが開いているため落下しかねない状態だったが、牛島がしっかりと支えてくれた。寒かった機内は火球の輻射熱によって一気に暑くなるものの、伊吹の体は冷えていく一方だった。
火球は煙となって上空に昇っていき、真空となった火球直下に吸い上げられた地上の煙が立ち上って合流しキノコ雲となる。同じく真空状態となった爆心へと爆風は逆流を開始し、シティタワーなどから伸びていた粉塵の煙も逆方向に伸びていく。爆風に吸い寄せられた空中の水蒸気は蒸発してリング上の雲を形成し、さらに火球は上空に立ちこめる雲を蒸発させて吹き飛ばし、青空が姿を現した。
これだけの爆発から身を守る孤立空間魔法は並の魔力では維持できない。可視化魔法で確認すれば、すでにライプツィヒに集結していた枢軸軍は全滅していた。
北西の国際空港も衝撃波によってガラスがすべて割れているようだ。
枢軸軍とともにライプツィヒは壊滅した。死者は枢軸軍のみだが、再び自らの魔法によって一つの都市が壊滅したことは、目の前のキノコ雲が明朗に示していた。
つい伊吹は膝から力が抜けてへたり込む。牛島はそれを支えながら一緒に膝をついた。急速に青空が広がっていくことで太陽の光が差し込んでくる。その光に照らされた牛島の顔を、伊吹はそっと見上げた。
「……俺は、人間ですか」
思わず漏れた小さな問いに、牛島はぎゅっと口元を引き締めてから、伊吹をきつく抱き締めた。
「当たり前だろう。伊吹は、俺の大切な人だ」
牛島の腕の中で、伊吹は目を閉じる。魔力を一気に使ったこともあるが、自分のしたことが重く心にのしかかり思考がかすんだ。