第四話: Völkerschlacht−7
まずは各地での戦闘を停止させ新たな衝突が起きないよう、国連はジュネーヴ停戦条約を採択、迅速にすべての国がこれに応じて行動に出た。そして、豪州やカナダ、ニュージーランド、そしてアフリカ諸国や南米を中心に中立国による国連監視団が組織された。
この条約に基づき、
UNEERS(Untided Nations Eastern Europe and Russia Truce Supervision/国連東欧・ロシア停戦監視団)がブルガリア以北の東欧を、
UNEMS(United Nations Eastern Mediterranean sea Truce Supervision/国連東地中海停戦監視団)がトルコ、ギリシャ、キプロス、レバノン、イスラエル、エジプト、リビアを、
UNICAMS(United Nations Iran, Caucasus, and Mesopotamia Truce Supervision/国連イラン・カフカス・メソポタミア停戦監視団)がカフカスからクルディスタン、イラン、シリア、ヨルダン、イラクを、
UNAPS(United Nations Arabian Peninsula Truce Supervision/国連アラビア半島停戦監視団)がクウェート、バーレーン、カタール、サウジアラビア、UAE、イエメンを、
UNSOATS(United Nations South Asia Truce Supervision/国連南アジア停戦監視団)がパキスタン、インド、アフガニスタン、バングラデシュを、
UNCAUTS(United Nations Central Asia, Uigur and Tibet Truce Supervision/国連中央アジア・ウイグル・チベット停戦監視団)がウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、ウイグル、チベット、内モンゴルを、
UNFEATS(United Nations Far East Asia Truce Supervision/国連極東停戦監視団)が中国、北朝鮮、韓国、ロシア、日本、台湾、香港を、
UNSEATS(United Nations South East Asia Truce Supervision/国連東南アジア停戦監視団)がASEANを監視することとなった。
停戦が続く中、各地での終戦条約がまとまっていった。
全体として、この戦争が明確な敗者も勝者もいないまま終わったため、交渉は難航していたものの、各国は自国利益よりも地域での戦争が二度と起きないようすべての芽を摘むために交渉に臨んでいた。
まず最初に締結されたのはパナマ条約で、米国、パナマ、キューバ、ベネズエラが調印した。ロシアにそそのかされたキューバとベネズエラがパナマや米国に対して行った攻撃の賠償を巡るものだった。ベネズエラはこのとき、前政権が反政府デモで崩壊していたため比較的すぐに締結された。
続いて、早くから停戦していた極東の国々によって締結された東京条約が成立した。東京条約の参加国は日本、中国、ロシア、北朝鮮、韓国、台湾、モンゴル、ロシアとなり、極めて重要な内容となった。
まず、朝鮮半島はかつての停戦ラインを正式な国境とし、北朝鮮は楽浪人民共和国へと改称、関係国は国家承認を先駆けて行った。ここに1950年以来の朝鮮戦争はついに終結する。
続いて台湾共和国が独立しこれも承認。内モンゴル自治区はモンゴル国に併合された。ロシアは北方四島を日本に返還している。
そして、中華人民共和国は消滅し、中華連邦として再編。これまで23省5自治区4直轄市2特別区から成る国だったが、台湾・甘粛省・青海省と自治区すべてが領土から外れ、重慶市が渝州省に昇格して21省6特別市による連邦国家となった。重慶市以外の直轄市は特別市に再編され、首都北京と天津、上海、深圳、香港、マカオが特別市として独自の議会を持つことになる。
東京条約によって中華連邦となったことで、以降の中国との条約は東京条約がベースとなった。
続いて成立したのは、その中華連邦を巡るバンコク条約とカトマンズ条約である。これらは比較的勝敗がはっきりとしている方であったことも締結を促進した。
まずバンコク条約はミャンマー、バングラデシュ、ラオス、カンボジア、ベトナム、フィリピン、中華連邦によって調印された。完全な民主主義国家となったミャンマーはバングラデシュに、ラオスとカンボジアはベトナムに賠償し、東シナ海と南シナ海はベトナムとフィリピンで割譲された。
カトマンズ条約は中華連邦、インド、ウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタン、そしてパキスタンとアフガニスタンの各民族、イランによって調印された。インドはすべての係争地を獲得、ウイグルはウルムチを首都とする東トルキスタン共和国として独立し、チベットはラサを首都とするチベット国として独立した。青海省と甘粛省は東トルキスタンとチベットで分割された。
パキスタン跡地ではグワーダルを首都とするバローチスタン共和国とカラチを首都とするシンディスタン共和国が承認され、さらにラホールを首都とするパンジャーブ共和国が新たに成立し、ここにパキスタンは消滅。
アフガニスタンでは、国土の東部とパキスタン北西部とにまたがって暮らしていたパシュトゥーン人によるパシュトゥニスタン共和国がカーブルを首都として成立し、北部はウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタンが民族分布に沿って分割、これに際してタジキスタンは一部をウズベキスタンに割譲した。
イランはバローチ人が暮らすバローチスタン州をバローチスタン共和国に割譲して統一させ、一方でアフガニスタン地域のペルシア系住民であるアイマーク人とシーア派であるハザーラ人が暮らす中央部を併合した。アフガニスタン南部もバローチスタンへと併合された。
これによって、民族や宗派がほぼ国境に沿うようになった。
カシミールのみ、旧中国領のアクサイチンとカラコルム回廊、旧パキスタン領のギルギット・バルチスタン、係争地のシュンチェン氷河がインドのラダック連邦直轄領と併合され、旧パキスタン領のアザド・カシミールもインドのジャンムーカシミールと併合されたことで、全域がインド領となった。
欧州戦線を巡る終戦条約はアイスランドで会議が開かれ、レイキャビク条約として締結された。EUのほか、米国、ロシア、ノルウェー、ウクライナ、ベラルーシ、トルコが調印している。ほぼ拮抗した状態で終戦したこともあり揉めた会議となったが、ロシア・トルコとEUの領土交換が行われ、ロシアはチェコに対して虐殺とは認めなかったものの第二次プラハの春に関する賠償を行う形で決着がついた。
ロシアはウクライナ東部とクリミアを併合する代わりに、エストニアとラトビアに係争地を、フィンランドにカレリア地峡を、ポーランドにカリーニングラードを、ルーマニアとブルガリアに黒海の領海を割譲。トルコは北キプロスを併合して、ルーマニアに黒海の領海を割譲した。