第一話: The Azure Sky is already dead−2


伊吹は微睡の中でゆっくりと目を覚ました。右側に感じる温もりと、肩から左腕にかけて感じる温もりは同じ体温で、安心する匂いに包まれている状況にまた瞼が落ちそうになる。しかし会話する声も聞こえてきたため、伊吹は一度目を開けてみた。


「あ、起きた?」

「……及川さん」


正面にテーブルを挟んで及川がおり、右側には分かっていたが牛島がいる。談話室のソファーのようで、牛島にもたれて寝ていたようだ。


「あれ…俺風呂にいませんでした…?」


目をこすりながら牛島から体を離そうとしたが、牛島は伊吹の手を掴んでこするのをやめさせつつ、引き続きもたれさせる。そして伊吹が手から力を抜くと、牛島は手を掴むのをやめてそっと伊吹の頭を撫でた。


「風呂で寝落ちしたから俺が連れてきた」

「え…すんません、」

「どしたの伊吹、寝不足?」


正面の及川は優しく聞いてくる。どうやら談話室には及川と牛島しかいないようで、この3人しかいない空間が、眠れない原因となったことを彷彿とさせる。


「……ここ数日、寝れてなくて。寝付けねぇんすよね」

「え、そうなの?」

「帰国してからしばらく一緒だったが、それでは足りなかったか」


たくさんの人を殺した欧州戦線から帰国して、伊吹はしばらく牛島と及川にかわるがわる添い寝してもらっていた。この年で添い寝というのは極めて気恥ずかしい響きなのだが、いかんせん寝れずに一緒に寝てもらうのを添い寝と言わずなんと言うのか伊吹は知らない。
しかしそれがなくとも寝られるようになってから、またここ数日、寝られなくなってしまったのだ。


「…や、三日前くらいに夢を見て。それで……」


三日前、それは横浜議定書が締結された日だ。二人はそれですぐに伊吹の心理状況を察したらしい。

横浜議定書において、伊吹の存在は国際法違反となり、附属書1Cによってようやく伊吹はIMAの監視下に置かれることと各国の隷下に入れるようになることで各国に存在を認めてもらった。あからさまに国際社会から戦略核兵器級魔法科兵という厄介者として扱われていることがはっきりとしたためだろうか、伊吹は昔の夢を見てしまったのだ。


「……思い出したんです。そういや俺、牛島さんに、殺してくれって、頼んだなって」

「っ、」


牛島と及川は息を飲む。伊吹が忘れていたことに安堵していたのは二人だろう。正確には忘れていたというよりは、錯乱状態だったため正常な状態では記憶していなかったのだ。夢だからこそ、その記憶の蓋を開けることができた。


「最近、寝るたびにあのときのことを夢に見て…どうしても眠りが浅くなっちまって、寝不足なんすよ」

「…大丈夫、なのか」


思わずといった感じで牛島が聞いてくるのは珍しく、伊吹はつい苦笑する。そして、もたれる牛島の上体にもう少し深く抱き着いて、ぐりぐりと胸元に顔を寄せた。


「大丈夫じゃなかったっすけど、今は、牛島さんいるんで大丈夫です」

「きちんと言ってくれ、後から聞かされるのは心臓に悪い」

「そうだよ伊吹、なんで頼ってくれなかったの?」


応じて抱き締めてくれる牛島の体温を感じていると、二人そろって案の定なことを言う。そう言われるであろうことは分かっていたが、別に頼りたくなかったというわけでもない。


「俺、このまま牛島さんや及川さんに依存して生きていっていいのかなって。たとえ俺がいきなり魔法を使えなくなったとしても、俺の罪は消えなくて、でもここにもいられねぇわけじゃねっすか。そういうときに、牛島さんたちがいない状態で、俺は……」


所詮たらればの話だ。しかし伊吹が何らかの理由で国防軍を離れることになったとき、牛島たちがいない状況でまともでいられるのか不安だったのだ。牛島たちにも立場がある。伊吹のためにすべてを捨てる義理もない。
烏養がライプツィヒで言っていたことと同じだ。国防軍である以上、国民と国家に対して責任がある。優先するべきことがたくさんあるのはみんな同じで、その状態で、伊吹がいつまでも牛島たちと一緒にいられる保証などないのだ。

黙ってしまった牛島と及川に、伊吹は小さく笑う。


「すんません、変なこと言って。大丈夫っすよ、いずれ時間が解決します。…もう寝ます」


そう言って牛島から離れた伊吹は、談話室を後にする。薄暗い廊下に出て自室に向かっていると、前方に背の高いウェーブがかった髪型の同期が立っていた。


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