第一話: The Azure Sky is already dead−3
「…昼神、なにしてんだそんなとこで」
「さっき風呂で寝落ちして牛島さんと一緒だったから大丈夫かなって。そしたら、なんか大丈夫じゃなさそうだから」
昼神は伊吹のところまで来ると、少し隈のできた目じりを撫でてくる。それに目を細めると、その指を離して前髪を梳くように触れる。
「別に、大丈夫だっつの」
「そう?まぁとりあえずさ、2階の談話室おいでよ。みんないるし」
昼神は伊吹の言葉を信用せず、どうやら気を紛らわそうと提案してくれているようだった。正直少し目が冴えてしまっていたため、どうせやることもないからいいか、と伊吹は頷いた。二次入隊組の加入にともなって寮が拡張されたことで、談話室は2階と3階の二か所となったのだが、3階は主に小隊長以上がいる部屋であるため、昼神たちは2階の談話室にいる。
昼神に続いて下のフロアに降りて談話室に入ると、中は騒がしかった。
「伊吹拉致ってきたよ〜」
「あっ伊吹さーん!!」
まずやかましく声をかけてきたのはリエーフで、他にも黄金川や金田一、侑、二口、赤葦、白馬と少し珍しいメンバーだ。なんと月島もいる。
「なんだこのメンツ」
「もっといたけど寝たって感じ」
思わずつぶやいた伊吹に昼神がそう返す。日向や影山、国見などは確かに寝るのが早そうだ。
全員180センチを超えているどころか、一部は190センチ、白馬に至っては200センチオーバーのため大変狭苦しい。向かい合う三人掛けソファーが二組並んでおり12人が座れるはずなのだが、この9人でいっぱいに見えている。
昼神とともにソファーの空いた場所に腰を下ろす。右側には月島、左側には赤葦と比較的まともなヤツの間に座った形だ。昼神は正面で白馬と並んでいるが、二人掛けのように見える。間違っても三人はあそこに座れない。
すると、正面の白馬がニヤリとして口を開く。
「伊吹、さっき盛大に風呂で落ちたろ」
「…見てたやつ多いな」
「そりゃ伊吹の全裸なんて見たいに決まってる」
左隣で気持ちの悪いことを言う赤葦から距離を取るために、伊吹は右側の月島にぴたりとくっついた。嫌がるかと思ったが、意外にも月島は拒否せずに受け入れてくれた。
「僕、赤葦さんはもっとまともな人だと思ってました」
「まともだよ、伊吹のこと以外は」
「え、キモ」
伊吹がすげなく言えば笑いが落ちる。隣のソファーに座る侑は「めっちゃ辛辣や〜ん」とけらけら笑い、その隣の二口も「どんまい」と言いながら笑っていた。赤葦は舌打ちをする。
侑たちの正面にいる金田一はその中で、心配になったのか白馬の言葉の続きを引き継いだ。
「伊吹さん大丈夫なんスか?風呂で寝るのって意識失ってるんスよね」
「…ちょっと寝不足なだけだ」
金田一はいい子だな、と思いつつ答えると、金田一の両側に座るやかましい組がギョッとする。
「伊吹さん意識失ったんスか!大丈夫っスか!!」
「脳に血液回ってないんじゃないスか!!」
ワンテンポ遅れて心配する黄金川と、黒尾の影響か変なことを言い出すリエーフ。うるさいが心配してくれているだけで、しかし心配してくれているのだがうるさい。つまりうるさい。
つい、伊吹は隣の月島にもたれかかって「お前らうるせぇ」と呻く。月島は牛島に比べて体温も低いし、そもそも体の厚みがまったく違う。しかし伊吹をそっと労わるように支えて受け止めてくれて、その鎖骨あたりに目元を埋めた。
「あー…月島は静かでいい子だな……」
「…なんで寝不足なんですか」
しかし月島は静かにそう切り出した。確かにそれを疑問に思うのは当然だが、月島はある程度答えが分かっているような聞き方だった。それに気づいた昼神や侑も黙ってこちらに注目してしまったため、一気に談話室全体が伊吹に注目する空気になった。
伊吹は月島の薄い肩口から顔を上げて体を離す。
「…それ聞いてどうすんの」
それは少し意地悪な質問だったかもしれない。なぜ聞くのか、ではなく、聞いたあとどうするのかなどそれこそ聞かなければ分からない。
答えに窮する月島に対して、反対側から赤葦が助け船を出した。
「聞いて俺たちにできることがあればする。なければそのまま。それだけ」
ちらりと横を見るが、赤葦は平然としている。恐らく全員の総意だが、伊吹にとっては話さない理由をつけるのが難しくなる。もとより話したくないわけでもなかったため、伊吹はため息をついて口を開いた。
「気分悪くしても知らねぇぞ」
そうして、伊吹は夢を見たこと、そしてその夢であり事実である過去の出来事について話した。思えば伊吹が直接あの頃のことを誰かに話すのは、初めてかもしれなかった。