第一話: The Azure Sky is already dead−5


伊吹が話し終わると、談話室は人数に対して異様に静まり返っていた。居心地が悪くなった伊吹はスリッパを脱いでソファーに膝を立て、そこに顔を半分埋めて隠した。


「…だから気分悪くなっても知らねぇぞっつったんだ」


伊吹にしては少し不貞腐れたような声になってしまったからか、途端に全員が焦りだしたのが伝わる。身じろぎした月島や白馬、慌てる昼神や金田一が何を言おうかと言葉を探す。
その中で赤葦がまず口を開いた。


「…伊吹こそ、気分悪くしてない?」

「別に、昔の話だしな」

「でもそれで眠れなくなってたんですよね」


月島が身もふたもないことを言ったため、赤葦が「こら」と珍しく諫める。空気の読める金田一は同期の態度に宙を仰いだ。


「そのうち気にならなくなるっつの」

「もぉ〜月島君ホンマ怖いわ〜」


侑はここぞとばかりに茶化す口調になる。「関西人のくせにつまんねぇな」と二口に辛辣なことを言われて心が折れているのをよく見る侑だが、やはりこういう空気を弛緩させるのはとてもうまいと思う。

しかし、その正面から「ズビッ」と鼻を啜る音がして、隣の金田一はギョッとした。


「なんで泣いてんだ黄金川」

「うぅ…だっで、伊吹さん、超つれーじゃんか…ッ!」


金田一が慌ててタオルを貸してやり、黄金川がぐしぐしと目元をぬぐう。同じ小隊の先輩でもある二口は呆れていた。


「いやお前が泣いてどーすんだ」

「二口君ええやんか、黄金川君はあれやろ、ピュアなんやろ、しゃあないて」

「え、黄金川ってピュアなんスか?この前伊吹さん見て風呂場で『勃ちそう』って言ってましたよ?」


すると侑の執り成しがまったく無駄になるようなことをリエーフが言い出し、黄金川はギクリとする。しらけた目が向かい、黄金川はタオルで顔を隠して「不可抗力っス…」と小声になった。


「黄金川がピュアなら俺もピュアっスよね!」

「お前は空気読めバカ!」


ついに金田一がリエーフのさらりとした銀髪をはたく。気苦労の絶えないポジションだ。しかしアホの子たちの天然ぶりによって一気に空気が柔らかくなったのも確かで、伊吹は膝を下ろしてスリッパに足を通す。

そこへ、昼神が「でもさ、」とこちらを見つめる。


「さっきまで牛島さんと及川さんと一緒だったよね。そのわりにあんま大丈夫じゃなさそうだったけど、どうしたの?いつもはあの二人がいれば持ち直すじゃん」


じっとこちらを見る昼神の瞳からは感情が伺えない。底の見えない目で見つめられ、伊吹は思わず目をそらした。しかし口は素直に事実を述べてしまう。嘘をつくことはできなかった。


「…牛島さんも及川さんも一等陸尉っていう立場がある。俺たち全員がそうだけど、税金で飯食ってる以上、国民に対する責任が一番優先されるべきだろ。いつか俺より優先するべきときが来て、俺がここにいられないような事態になったら、俺は一人で、俺の罪と向き合うことになる」


再び沈黙が落ちる。いつか一人になってしまうときを懸念して頼ろうとしなかったのだということは、黄金川たちも含め全員に伝わったようだ。牛島たちだけでなく、国防軍である以上、ここにいる誰もが等しく国への責任を負う。

しかし、昼神は少しも考えるそぶりを見せずににっこりと笑った。いつもの柔和な笑顔だ。


「俺は、日本と伊吹を天秤にかけるなら伊吹に傾くよ。ぶっちゃけ、日本がどうなろうと知ったこっちゃないしね」


そのわりに出てきた言葉は衝撃的なもので、伊吹は驚いて言葉を失う。ここまで直接的なことを言われるとは思っていなかった。なんと返せばいいのか分からずにいると、今度は黄金川が涙を止めて思い切り手を挙げる。


「俺も!伊吹さんの方が大事なんで!」

「え、じゃあ俺も〜」


案の定リエーフも乗っかるが、どこまで本気か分からない。冗談でもなさそうだが考えているわけでもなさそうだ。


「俺もやで伊吹、いざというときは一緒にスイスにでも亡命しよなぁ〜」


侑までそんなことを言ってきた。冗談めかしているが、しかしその目にあまり冗談は見えなかった。他の奴らがこれ以上乗じる前に、伊吹はさすがに口を開く。


「アホかお前ら。さすがに俺も一等陸尉だ、見逃せねぇこともあんだぞ」


そう言いつつ立ち上がり、伊吹は談話室の出口に向かう。単にもう寝るだけだが、このまま出ていくと少し怒ったように見えそうだ。別に怒っているわけでもないし、正直、言葉だけなら嬉しかったのも事実だ。そこで振り返りざま、談話室の昼神たちを見渡す。


「俺にだって立場があるし、弱くもねぇ。でも…まぁ、ちょっと、嬉しかった」


やはり正直な気持ちを伝えるのは慣れない。目を合わせられず逸らしてしまったし、最後の方は小さくなってしまった。伊吹は頭をガシガシとかいてから、ようやく廊下へと向かった。


「早く寝ろよ」


かろうじてそれだけ言って談話室を後にして薄暗い廊下に出る。何やら背後の談話室は騒がしくなっていたが、そろそろ伊吹も眠気が首をもたげている。

不思議と、なんだか今日は普通に寝られそうな気がした。少しでも牛島といられたからかもしれないし、昼神たちの言葉もあっただろう。何より、彼らにあの頃のことを話したことで、少し気分が楽になっていた。一人ではないのだということを、案外分かっていなかったのかもしれない。


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