第一話: The Azure Sky is already dead−6
中華連邦共和国・渝州省重慶市。
張盛峰は重慶市の渝中区にある解放碑街道エリアで、半分が空室となった高層ビルの最上階に佇んでいた。
揚子江に面する交通の要衝であり、かつて直轄市として中国でも最大規模の大都市だった重慶は、第三次世界大戦でインドなどの集中的な爆撃に遭い、今やその栄光はなくなった。
直轄市という区分がなくなって代わりに特別市という行政区画ができたことで、独立した議会を持つ特別市は首都北京のほか、上海、天津、深圳、香港、マカオの計6都市となった。
重慶は広大な市域がまるごと省に格上げされ渝州省という名前に代わり、重慶はその省都となったわけだが、廃墟と化した都市に復興の気配はない。
新疆内戦で、西方地域の反乱に対して重慶は前線補給基地としての機能を果たしたが、それによって連合国の空爆対象となってしまったのだ。米軍などは事前に警告していたものの、ウイグルやチベットが用意した自前の軍隊は無差別爆撃を行い、重慶市900万人の人口のうち35万人が命を落とした。
これは中国の都市単独での死者数として最多を数える。
疎開した人々や豊かな東部沿岸へと移住した人々によって重慶からは人口の流出が止まらず、今や人口は500万人と小都市程度にまで落ち込んでいる。
この渝中区も、揚子江に北から嘉陵江が合流する半島のような地形にかつては超高層ビルが林立して多くの人が行き交う中心地だったが、多くのビルがミサイル攻撃によって半壊状態となっており、修復に時間を要することから、多くが爆破して立て直す方向で決まっている。そのため、危険であるとして、地区の6割が立ち入り禁止となっていた。
このビル周辺も大部分が立ち入り禁止区画だ。
こうした立ち入り禁止区域には、中国全土から集まった旧政権の信奉者たちが集まり組織を構築しており、実業家だった張もその一人だった。リーダー的な存在として彼らと集まるうちに、いつしか本当にリーダーとして扱われている。
そして今、張は香港マフィアとの会合をこの最上階で行っていた。
高級な椅子に座る張と、黒檀の机を挟んで正面に向かい合う香港マフィアの副山頭との間では、案外和やかに話が進んでいる。
旧政権の再興を夢見る張に、マフィアも全面的に賛同してくれていたからだ。
アウトローはローあってのアウトである、つまり秩序がなければ反社会的勢力も息ができないのである。
香港マフィア・
大義集團は第三次世界大戦中に急速に拡大した勢力で、香港での民主化運動が大戦の中で軍事衝突に発展すると本土に移って活動をさらに拡大。重慶や武漢、成都で新疆内戦に関わる様々な勢力に武器などを売りさばいていた。
今は香港に拠点を戻しており、張たちとの交渉で彼らとしても最も大きなプロジェクトを始めようとしている。
「We can realize Chongqing Government into the great government of new era in our fatherland. And you, are the very person who leave own name in the history.(我々は重慶政府を我らが祖国の新時代における偉大なる政府にすることができる。そしてあなたこそが、歴史に名を刻むのです)」
副山頭がそう言うと、張の頭には北京に入城する自身の姿と、復興する重慶の光景が浮かんだ。いずれはこの愛する街を首都に据えてもいいかもしれない。しかし、と、張は男たちの背後にいる二人組をちらりと見る。
二人はくすんだ窓の近くに立って、ボロボロになったビル群を背景に室内を見ている。二人とも180センチ以上はあるだろう。癖のある髪の毛と額に2つ並んだ特徴的な黒子の男は190近く、隣で丸い眉の柔和な笑みを浮かべた男も180と少しといったところか。
「I do not intend to complain of your accompanies, but why Japanese are invited to such a place?(あなたの仲間に不満を言うつもりはないが、いったいなぜ日本人がこんなところに招かれているのです?)」
張の言葉は少しギリギリだ。マフィアに対して事実上の不満を述べている。しかしここは重慶、かつて第二次世界大戦で日本によって爆撃を受けた、中国でも屈指の反日都市だ。長い時間と直近の世界大戦による傷跡からあまり日本人に対して嫌な感情を抱いているわけでもないが、張の世代はまだまだ日本人に対する嫌悪感を持っている。重慶のそうした事情を知るマフィアたちも、この張の発言を理解しているだろう。
「They are our private magic soldiers. We confidently introduce them as one of the main artillery.(彼らは我々の民間魔法科兵です。主砲のひとつとして自信をもってご紹介しますよ)」
なんと、すでに大義集團は魔法使いを構成員に入れているらしい。さすが、世界最大規模の犯罪組織だ。恐らく中華連邦に再編される際の混乱の中で、軍の魔法科施設を制圧して一気に民間人から魔法科兵を増やしたのだろう。彼らが自信ありげにこの話を振ってきたのも頷ける。そうでなければ、こんな作戦は到底実現できないだろう。
これより重慶は、腑抜けた中華連邦などという政府を叩き出すべく反旗を翻し、歴史もないくせに特別市に成り上がった深圳へと侵攻する。