第二話: Shenzhen Incident−1


第二話: Shenzhen Incident(深圳事変)



中華連邦共和国・深圳特別市福田(フーティエン)区。


百沢雄大は201センチにもなる長身によって周囲の視線を集めながら、地下鉄1号線と3号線が交差する購物公園(Shopping Park)駅で電車を降りた。D4出口から外に出ると、曇り空に林立する超高層ビル群が目に入る。相変わらずスマートなビルが並ぶ深圳の中心地だが、実はビル内部のテナントはここのところ激しく入れ替わっている。


旧政権が第三次世界大戦によって崩壊し、東京条約によって中華連邦が初めて承認されるに至ると、この巨大国家は簡単にそれまでの秩序を喪失し、混乱期にあった。中華連邦はそれなりに急進的な資本主義にして民主主義の国であり、いわば西側の国家がこの大陸を支配することになったのだ。

もちろん、それまでの秩序を簡単に排除すれば大変なことになるため、法律の大部分は旧政権から引き継がれている。しかし、もはや街中に設置されたカメラは機能せず、顔認証データは廃棄され、人々は「自由」を手にしていた。

それは自由という権利と引き換えに、急激な治安の悪化を招いており、戦場となった重慶や武漢、成都など西方の都市はまったく復興が進んでいない。武力衝突が長引いた香港もその金融街としての機能を失っており、首都北京や上海もテロや暴動によって都市機能を復旧している最中だった。

幸いにも、深圳は終戦直前に反乱が始まったこともあり市街地の被害はあまりない。

しかし、旧政権の監督や保護の中で育った深圳の大企業の多くが、戦後の混乱の中でよりどころを失い、リスクの圧縮に動いていた。
手始めに企業の多くが深圳の一等地にあるオフィスを縮小しており、深圳で最も高く、世界で4番目に高い超高層ビルである平安(ピンアン)国際金融中心ビルにおいても、このビルを建設した中国第2位の保険会社がオフィスの大部分を手放していた。

その空室のほとんどを買い取ったのが、百沢が勤めている清风(チンフェン)技術公司だ。
それによって百沢の職場も、この超高層ビルの62階となっている。

驚くべきは、62階であってもこのビルの中層階に過ぎないということだ。高さ600メートル、115階建てのこのビルでは、62階の百沢の職場からやっと周囲のビルの屋上に当たる高さとなり、倍近い高さがまだ上に控えている。


オフィス入居者用の入り口から入ってセキュリティを抜け、広大なエレベーターホールに入る。2メートルの長身であることだけが目立つ理由ではない。つい最近まで敵国だった日本の人間がここで働いていることがやはり驚かれる。とはいえ、すでに欧米の人々も戻ってきており、旧政権時代から最も中国で先進的だった深圳には外国人たちの姿がかなり増えていた。

かくいう百沢も、もともとは米国のサンノゼにあるIT企業に勤めていたところ、終戦前後に「スカウト」されて清风技術にやってきた。

今や清风技術は中国の次なる巨人となると目されている。それもそのはず、清风技術は中国の民間企業としては唯一、IMAから魔法の利用が許可されている企業なのだ。戦時中に旧政権から魔法兵器などの受注を受けていたいくつかの会社の一つだったが、他の会社はIMAからの許可が下りず魔法技術から撤退している。現状、中国では清风技術だけが魔法を利用することができる。
次の時代は魔法科学だと意気込む新進気鋭の技術者や研究者が続々と中国全土から深圳に集まり、その中心である清风技術はまさに花形だった。

百沢はそんな清风技術で働くことに対して、なんら感慨を抱いていない。

62階のオフィスに入り、適当に同僚に挨拶を交わしながら、真新しい室内を歩いていく。米国のIT企業を思わせる広い間取りとオープンな空間、カラフルな椅子、観葉植物や軽食スタンドなどの間を抜けて、外に曇天に霞む高層ビル群を眺める大きな窓をちらりともせずに目的の場所に辿り着いた。そして、スマホで連絡を取り合図する。


それから僅か5分後のことだった。


突然、北の方角から戦闘機が接近してくるなり、周囲のビル群に向けてミサイルを放った。厚い窓といえど戦闘機の轟音が響き渡り、人々が何事かと窓の外に目を向けた瞬間、あちこちで高層ビルが爆発し、ガラスが割れてキラキラと光りながら飛び散り、明かりが消えていき、書類が大量に空中を舞う。そしてその轟音が窓を揺らして、従業員たちは悲鳴を上げてうずくまった。

百沢は悠然と立ち、パニックに陥った同僚たちが我先にと非常階段を目指し始めたところで、近くの扉に対して爆轟魔法を使用する。小規模とはいえ爆発であるため、扉は内側に吹き飛ぶ。同じタイミングで外から更なる爆発音が轟いたため、百沢の出した音は誰も気づかなかった。恐慌状態の室内の中で、百沢だけが異端だった。

その部屋はサーバールームで、頑丈な扉と何重もの防火壁の内側にある無数のサーバーたちが唸っている。自動扉が閉じるにつれて、百沢が吹き飛ばした扉から差し込んでいた光も消えて部屋が暗くなった。
そしてサーバーに自分のPCを接続して、ハッキングを開始する。


無機質なデスクトップに大量に浮かぶウィンドウを、百沢はただ無表情で眺めていた。


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