第二話: Shenzhen Incident−3


中華連邦共和国・香港特別市油尖旺(ヤウチムモン)區。


伊吹は広大な吹き抜けの空間と高い天井、それを支える無数の白い柱を見上げながら、綺麗に磨かれた床にブーツの音を響かせる魔法科大隊とともにプラットフォームへと向かっていく。

西九龍(サイガウロン)駅は完成して数年しか経っていない高速鉄道の駅であり、広州など本土と直通する。大戦中は激しい衝突があったため、新築だったものがさらに改装されて真新しい景観となっていた。今、深圳の混乱によって脱出してきた人々でごった返しており、その中に混じって闊歩する第1魔法科大隊は衆目の中にある。スマホを向けて撮影する群衆の間を切り裂くように歩きながら、居心地の悪さに眉間にしわが寄る。


「なんでわざわざ香港から…」

「まぁまぁ」


恨みがましく言えば、隣を歩く黒尾は諫めるように笑う。飄々とした様子はいつも通りで、これだけ至近距離で人々の目線に晒されながら歩くのも平気そうだった。

黒尾は後ろを振り返り、俯いて歩く弧爪に声をかける。


「大丈夫か研磨〜」

「大丈夫なわけない…」


消え入るような声だが、気持ちはよく分かる。噂の魔法使いとあって人々の好奇の目も多く、煩わしいと感じるのは伊吹だけではない。
しかし封鎖された深圳に突入するには、高速鉄道を地下から進み、真下から福田区の中心地を叩くのが最も効率的だった。

空爆によって被害を受けた福田区中心部にはもうほとんど人はおらず、人質となった外国人だけがいる。一方で周辺の市街地には数百万人の市民が残っており、激しい戦闘ができないのだ。香港との境界で衝突するわけにはいかないため、地下駅での戦闘しか残されていない。
そこで仕方なく、「いずも」からヘリで香港まで移動し、人々で混み合う西九龍駅から深圳との境界線近くまで電車で進み、そこから歩くことになっている。


人をかき分けて地下へと降りていくと、プラットフォームに降りて高速鉄道の車両へと向かっていく。80人近くが一斉に歩く音が構内に響く様子は不気味だが、途端に弧爪は元気を取り戻していた。

相変わらずうるさい日向と影山は先頭の第一小隊にところにおり、続く第二小隊では五色が、第三小隊では木兎が騒ぐ。第五小隊では及川と岩泉が言い合っており、第八小隊も宮双子とアランが漫才を繰り広げていた。いつも通りなメンバーだが、最後尾は第八小隊ではない。
黒尾と弧爪、伊吹を前にして、月島、天童、昼神、赤葦、国見、二口というメンバーが一番後ろで固まっていた。

特殊工作型横断編成分隊”Silent”という分隊で、各小隊を横断する9人によって構成される小規模な編成である。今回の作戦では、深圳に突っ込んだ前の大隊に続いて、この9人が隙をつくように進んで平安国際金融中心ビルに入る。他の小隊も各高層ビルに入って人質を解放していくのだが、なぜこの9人だけが世界第4位の超高層ビルに入るのかというと、それはこの分隊に課せられた小目標にある。

特殊工作型横断編成という名前だ、Silentは通常任務のために編成されるものではない。


Silentに付与された小目標は、敵の本体がいると考えられるこのビルに入ることで、敵の狙いを探るためだった。

そもそもからしておかしいのだ。重慶政府が独立を求めて蜂起したのはいいとして、なぜ離れた深圳を占領したのか。別に深圳でなくとも人質に取るならどこでもよく、重慶の近くにも外国人がいる都市はいくつもある。確かに深圳は「紅いシリコンバレー」と呼ばれた有名な都市だが、それだけではここまでの規模での作戦は理解しがたい。
そこで、武田はSilentに対して、「いずも」の艦上で重慶政府の意図を探るよう小目標を下した。

恐らく、深圳には別の狙いがある。一つその可能性として考えられるのは、このビルに入居している魔法兵器の企業だ。その知的財産を奪い、重慶独立のための軍事力を得るためではないか、それが日本や国連の見立てであり、その確認をしに行くのである。


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