第二話: Shenzhen Incident−4
小綺麗な高速鉄道で15分ほど、香港と深圳との境界線である深圳川の手前付近まで至ったところで電車は止まった。この先はすぐ深圳だ。かつて、ここは中国と香港との国境だったが、中華連邦はもはや一国二制度はなくなり統一された民主主義国家となったため、香港と深圳の市の境界でしかない。
車両の扉が開き、隊員たちは線路に飛び降りていく。暗がりの中に車両の窓の明かりが一定の間隔で並んでいる。水滴が天井から垂れる水音が響く中に、ブーツが線路を蹴る音やサブマシンガンの金属音が聞こえてくる。
そこに、無線で女性の声が入った。雀田の声だ。
『こちら司令部、福田駅プラットフォームには二個小隊を確認、線路上には敵性反応なし』
その声に続いて武田の穏やかな声が耳に届く。
『福田駅プラットフォームはガラスのホームドアでホームが完全に覆われています。到着するまで迷彩魔法で隠れてください。深圳特別市当局からは市街地の破壊も厭わないと言われているので、人命最優先、インフラや市街地への影響は場合によって二の次で結構です』
そういう大胆さはさすが中国といったところだ。壊れたら直せばいいということだろう。命は壊れたら戻らないということもよく知っている。
武田からも許しを得たため、これ以降は深圳市街における被害よりも作戦遂行を優先できる。パリと違ってやりやすいことこの上ない。
黒尾による不可視化魔法が発動し、全員が闇にまぎれて見えなくなる。その状態で、いよいよトンネルを進み始めた。
それなりに歩くことになる上に、足元が暗くたまに線路に躓いてしまう。この時期は日本より遥かに暑くなるため、構内は湿気と蒸し暑さで極めて不愉快だ。舌打ちしそうになりながら歩いていると、派手に足が線路に突っかかった。
「う、わっ」
つい前を歩く国見の背中に抱き着くようになってしまい、咄嗟に掴んだ肩が跳ねる。背中に背負うライフルが至近距離に迫りいい気はしない。
「わり、国見」
「転ばないように支えてましょうか?」
「喧嘩売ってんのかおい」
そんなことを言った国見の肩をぽす、と叩くが、国見は悪びれない。暗闇のため顔は見えづらいものの、いつも通りの無表情だろうと分かる。
「でも、俺なら冷やせますよ」
そう言って国見は伊吹の肩を抱いて隣を歩き始める。その体は体温が下がり、冷気が漂ってくる。国見は水氷魔法を使うため、エアコンのような役割を果たすことができるのだ。二次入隊は秋の終わりだったため気付かなかったが、初夏となって水氷魔法組のありがたさが染み入る季節である。
思わず伊吹は気分の良さに、国見に密着する。10センチほどの身長差があるため、ちょうどいい感じに冷気に包まれるようだった。
「いいなぁ、国見君、俺も冷やして欲しい〜」
そこへ、昼神の声が後ろからかけられ、国見がびくりと震える。さらに赤葦も少し離れたところから「俺も」と乗ってくる。
「…勘弁してください」
「え〜?なんか俺がいじめてるみたいじゃ〜ん」
「みたいじゃねぇだろ」
二口が呆れてため息をつく。昼神は恐らく笑顔だろうが、なぜか後ろから国見に圧をかけている。目つきが悪いだけの伊吹や見た目だけの山本などと違い、昼神はリアルに怖いと思われるタイプだ。伊吹は国見の心地よさを手放したくなかったため、「うるせぇぞ昼神」と宥めた。
ちょうどそこに、黒尾が小型のペンライトを一瞬だけ光らせた。注意信号のため、速やかに伊吹は国見から離れ、全員が意識を前方に向ける。
トンネルの先に明かりが見えている。福田駅のプラットフォームだ。可視化魔法で透視すれば、すべてのプラットフォーム、そして長いエスカレーターの上にある広い空間まで敵が点在しているのが見える。しかし、魔法科兵はいなかった。
当然だ、重慶政府の大部分は単なる省兵で、魔法科兵は中華連邦の国軍にしかいない。
ここから先は中隊単位で指示が出る。第一中隊と第二中隊に、それぞれ清水と滑津から指示が出され、伊吹たちには武田から無線が入る。
『こちら司令部、これより”Wing”がプラットフォームに突入します。皆さんは”Earth”に続いてエスカレーターを上がり地下一階のコンコースまで行ってください。”Earth”が駅構内で戦闘を開始したら、地上への吹き抜けから”Wing”が市街地へ出るので、隙を見ながら地下鉄福田駅の方へ向かい、D4出口から平安国際金融中心ビルへ進んでください。以降、現場判断に任せます』
「こちら黒尾、了解」
黒尾は前方の駅の明かりをバックにニヤリと笑ってSilentのメンバーを振り返る。
その後ろでは、木兎たちがガラスの壁を突き破ってホームドアを破壊する鋭い音が重なって響き、爆音と敵の悲鳴、銃声、照明が破壊されるショート音が一気に満ちた。
「Silentの活動はソウル以来だ。張り切っていこうや」