第二話: Shenzhen Incident−6
エレベーターホールには何台ものエレベーターが並び、数メートル離れたところを兵士がひっきりなしに走って横切る。観葉植物は混乱の中で倒れたのか、磨かれた床に土を散らしている。
もしこのままエレベーターを呼べば、何者かがエレベーターを呼んだことをボタンの光でバレてしまうし、呼び出されたエレベーターに誰もいなければなおさら疑われる。中に人がいる場合も面倒だ。そこで、黒尾が光学術式を使う。
それは、光電子魔法と不可視化魔法を干渉展開しながら孤立空間魔法と並列展開する極めて複雑なもので、この術式による壁にはある時点における背後の景色が静止画として映し出される。そのうえ音を通さない。
つまり、エレベーターホールの数台分のエレベーターが、音も質量も通さない孤立空間魔法に覆われ、その黒い壁は背後のエレベーターの光景を映し出して違和感を覚えないという寸法だ。
黒尾の光学術式が展開され、エレベーターホールの片側すべてと伊吹たちが壁に覆われる。エレベーターの壁面から1メートルほどにこの壁が展開されているため、走っている兵士たちがぶつかることはない。
それからエレベーターを呼び出すと、ちょうど降りてきた箱が1階に到着し、中から兵士が出てくる。それをすぐに殺して箱の外に転がすと、悠々とSilentはエレベーターに入れた。
「ほんと、魔法はさすがっすよね」
「魔法はってどういうことかな伊吹」
素直に褒めない伊吹に黒尾は口元を引き攣らせるが、伊吹に魔法を褒められること自体、魔法科兵としては実力の証明となる。
黒尾は気を取り直して、鍵を差し込んでエレベーターの権限をパネルに移し、44階のボタンを押す。
「俺は1階の光学術式をしばらく維持するのに集中する。伊吹、他の箱頼む」
「了解です」
死体が転がるホールに気付かれないようしばらくは維持する必要がある。Silentの任務は人質の解放だけではなく、敵の狙いを探ること。任務完了までの時間はなんとも言えないところだった。
黒尾の魔法を維持して1階の兵士に気付かれないようにしつつ、この魔法に覆われているエレベーターのうち、この箱以外のすべてを破壊して動かないようにすることで、反対側のエレベーターだけを使わせて魔法の存在がバレるのをなるべく遅らせるという作戦だ。
伊吹は可視化魔法でほかのエレベーターを探すと、それぞれを光電子魔法でショートさせてそのフロアに留まらせる。もうあのエレベーターが動くことはないが、地下に向けて落下していくわけでもない。
やがてエレベーターは急速に上昇を開始し、重力を下方向に押し付けられる感覚で感じる。沈黙の中、月島が口を開いた。
「…あの」
「ん?どったのツッキー」
黒尾にツッキーと呼ばれることに不愉快そうな表情を隠さずにしながら、月島は言葉をつづけた。
「重慶政府の狙いがここの魔法技術だったとして。なんで本社ビルを狙うんでしょう」
「清风だっけ?前はスマホもやってたよな」
黒尾は戦前の記憶を思い返しながら言った。清风技術公司は戦前からスマホやポータブル端末を手掛けていた。日本でもよく知られていた。
「清风はもともと香港に本社がありました。戦時中、旧政権から魔法兵器の委託を受けていたのは国営企業4社と清风だけで、国営企業は戦後、IMAから許可を得られず解散しています」
国家が崩壊したことで国営企業も経営できなくなり、もともと破綻が近かった。そこで、各4社の魔法部門を清风が買い取ってIMAから許可を得て、中華連邦で唯一のIMA認可企業となった。これが正確ないきさつだ。
「今は深圳に本社を移しましたが、在庫も研究所も香港にありました。魔法科学研究所の方は分からないですけど…とにかく、ここはいわば本社機能だけで、清风のこのビルのテナントを占領しても重慶政府のメリットに繋がるとは思えません」
「ツッキー詳しいね」
「軍に入るまでは四葉工業にいましたから」
四葉工業は日本の大企業で、日本における魔法科兵器の委託を受けていた企業の一つだ。IMAからの許可も得ている。月島は本土侵攻まで四葉工業にいたそうで、同業他社には詳しいようだ。もちろん、魔法科兵器を研究していた部門にはいなかったはずだが、元同僚から話を聞くこともあるのだろう。