第二話: Shenzhen Incident−10


平安国際金融中心ビル117階。

そこは、115階建てとされるこのビルのさらに上階部分である。展望台のある116階から上は、ビルの先端にある最も尖った部分にあり、いわば屋根裏のようなものだ。とはいえ、やはりどこの超高層ビルも同じだが、最上階というのは最もエグゼクティブな空間である。おいそれと入れる場所ではない。
一般人も多く訪れる116階行きのエレベーターとは別に、115階直通のものがある。これは115階にミシュランで星を取った日本食レストランの深圳支店があるためで、ここはビジネス利用でしか訪れることができないため、この直通エレベーターは別にプライベート荷物検査場が設けられている。
115階で降りたあと、さらにプライベートエレベーターに乗り換えることでようやく117階に到達する。117階から118階はこのビルの本当の最上階であり、カフェ&バーとなっている。一般人も訪問可能だが、ドレスコードがある。118階は特にVIPルームが用意されているためいよいよ入れる者が限られた。

そんな117階において、百沢は場違いな自分があまりに浮いていることに内心落ち着かない気持ちだった。広く開放的な空間は、最上部であることもあって狭いといえば狭く、壁は屋根の尖った部分にあたるため斜面となっている。ガラス張りの斜めになった壁に囲まれた空間は柱も中央の壁もなく、反対側まで見通すことができ、その空間にモダンでアーティスティックなシッティングスペースが点在している。なぜか空間の端に位置する壁には高名な彫刻であるラオコーンの頭の部分だけが描かれており、ある意味ではラオコーンも自分も場違いだな、と、目の前の人々を見て百沢は思う。

高級なソファーに腰掛ける重慶政府のトップである張、その向かいには大義集團の副山頭の男、周りには大義の重鎮担当のSPと張の補佐たちが控えている。百沢は大義側に立っており、隣には自分ほどではないが背の高い二人の日本人がいた。

張と副山頭の間にあるガラスのテーブルにはシャンパンがフルートグラスの中に輝き、ガラス張りの壁の向こうには青空が広がっている。下を見下ろせば本当は広大な深圳の街並みが見えるはずだが、雲に隠れており、まるで雲の海の上にこのビルだけが生えているようだった。

少し遠くには、このビルができるまで深圳で最も高いビルだった京基100が同じように雲から生えており、他にもいくつかの超高層ビルが白い海に立っている。
比較的、陽光によって明るく爽やかな空間であるはずだったが、しかし空気は剣呑だ。


「Are you serious?Millions of people will die.(正気か?何百万という人間が死ぬぞ)」

「I’m serious, unfortunately.(正気ですよ、残念なことにね)」

「Do you have any means to leave from Shenzhen?(深圳を脱出する手段は用意しているのか?)」

「Of course, but…(もちろんです、しかし…)」

「What?(なんだ?)」

「…You are never to see the dawn of new era.(あなたは新時代の夜明けを見ることの叶わない運命だったのです)」


副山頭がそう言うと、大義側の男の一人が拳銃を取り出した。途端にざわつくが、他の男たちも全員拳銃を取り出し、出遅れた重慶政府側は誰一人として反撃の手段を用意できないまま硬直した。突然の展開に愕然とする張を見て、百沢は視線を逸らす。最初から、大義は重慶政府のことなどどうでもよかったのだ。清风の技術だけ盗み出せればよかった。
そのためには、これだけの大々的な深圳攻撃でもしない限り手段はなく、重慶政府は都合よく省兵と戦闘機を用意できた。ただ、それだけの話だった。


しかしそれは、あくまで大義集團のストーリーに過ぎない。


「Wait!I, I just wanna save my city!(待て!わ、私はただ、重慶を救いたかっただけなんだ!)」

「Rest In Peace, Mr.(安らかに眠れ、ミスター)」


副山頭がそう言った瞬間、大きな発砲音とともにその頭は鉛が貫通し、血しぶきが透明なガラステーブルとフルートグラスに飛び散った。直後、副山頭はテーブルに突っ伏すように倒れ、その衝撃でグラスが倒れて黄金のシャンパンがテーブルに広がる。それは赤い鮮血と混じり赤く染まっていった。

悲鳴を上げて頭を抱えた張だったが、その前には黒い壁が出現しており、副山頭を貫いた銃弾が当たることはなかった。壁が消えると、張は恐る恐るこちらを見上げる。
拳銃を懐にしまった男は、張に向かってほほ笑む。


「We are on your side. Tai Yee Group main body betrays you but we don’t. The stock of magic weapons is now carried to Tai Yee office in Hong Kong. So…what to do then?(我々はあなたの味方です。大義集團本体は裏切ったが我々は違う。魔法兵器の在庫は今、香港の大義の事務所に運ばれているところですが…どうしますか?)」

「It’s simple…Eye for eye. Move to Hong Kong!(決まっているだろう…目には目を。香港へ侵攻しろ!)」


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