第二話: Shenzhen Incident−11


伊吹は弧爪によってPCの転送先が大義集團だと知ったことで、作戦領域を香港に広げるべきか迷った。もしも魔法兵器がマフィアの手に渡ればどうなるか分からない。最悪、売りさばいて世界のテロリストに拡散してしまえば、魔法がテロに使われるようになる。

黒尾が報告している傍らで、伊吹は転送が強引に停止されたPCのエラー画面を見つめていたが、突然、ビルの上階から魔法反応を感じた。

魔力には敏感になっているため、魔法が展開されたことをうっすらと肌で感じたのだ。

今、深圳には伊吹たち第1魔法科大隊以外に魔法科兵はいない。中華連邦の魔法科兵は今回作戦に参加していないのだ。まだ、中華連邦自身が魔法科兵をコントロールするほど旧国軍を掌握できていない。
となると、この魔力反応は異常だ。別の、伊吹たちではない魔法使いがいる。事態が急展開したことで、伊吹はすぐにその場を風気魔法をともなって後にする。驚く声を無視して、フロアの書類を巻き上げながら空中を進んで廊下へと出た。

そして透視によって115階直通エレベーターの位置を確認すると、そこに最寄りの廊下の壁に向かって爆轟魔法を展開した。
白い壁は爆破によって吹き飛び、鉄骨が破断する金属音が廊下にけたたましく響く。兵士の叫び声が後ろから聞こえたが、もうそんなことはどうでもよかった。

まっすぐ吹き抜ける巨大なエレベーターの通り道には、箱を支える無数のロープが揺れている。幸い、箱は1階にあるようだった。ロープを破砕魔法ですべて切って登れないようにしてから、伊吹はその空間へ飛び出し、風気魔法で上へと猛烈な速さで駆け抜けながら分隊宛の回線で無線を入れる。


「こちら朝倉、赤葦、国見、ゾーン4の敵を予定通り倒せ。最上階で魔力反応を検知したため俺はそちらへ直行する」

『こちら黒尾、了解。ゾーン5から上は任せた。俺たちは人質の確保に作戦フェーズを移行する』


話の早い黒尾がそう言った直後、階下で魔法が展開される。赤葦と国見が独立外発魔法でゾーン4の敵を一斉に、かつ速やかに殺しているのだ。伊吹も透視によってゾーン5の敵の座標を特定すると、全員の頭に衝撃魔法を展開させた。人質の精神衛生のため、爆破はせず脳震盪によって気絶させていく。ゾーン5の敵をすべて気絶させた頃には、ようやくゾーン7の中ほどまで到達していた。
さすが超高層ビルだ、数分かけてようやく伊吹は115階に辿り着く。

空中にホバリングしながらエレベーターの外を透視する。そこには誰もおらず、安心して扉を吹き飛ばした。重い金属音が響いて扉が床に倒れる。

伊吹は大理石調の床に降り立つと、今度は上階の透視を行った。魔法科兵がいるはずだが、しかし117階にたった二人がいるだけで他には誰もいない。そのうえ、どうやら窓が割れているようだ。
逃げられたか、と伊吹は舌打ちをしながらプライベートエレベーターに移動して、今度は普通にそれに乗って117階へ上がる。シックな箱を出ると、唐突に風が思い切り吹き付けてきた。
一瞬だけ目を閉じてから、生暖かい風を受けてエントランスからバーに入る。広い空間は斜めのガラス壁に覆われているが、すべての窓ガラスが割れて風が吹き込んできている。床には吹き飛ばされたグラスが砕けて散っており、観葉植物や洒落たライトスタンドが倒れている。

ソファーの一角には、後ろ手に縛られた中国人らしき男性と、身長は200センチを超えているだろう体格のいい男がいた。その男はこちらに気付き、目を見開いた。


「国防軍…」

「っ、日本人か」


二人に駆け寄ると、手を縛られた男性は気を失って背もたれに倒れているのが分かった。その後ろで所在なさげに立つ長身に日本語で声をかける。


「国防軍です。深圳事変にともない国連の第24条活動として派遣されました。怪我はないですか」

「え、あ、はい」


精悍な顔立ちの男はしどろもどろで、伊吹は訝しんだが、この気絶した男性も気になる。風が吹き付ける室内でも聞こえるよう近づいた。


「あなたの名前は」

「百沢です、清风のエンジニアです」

「この人はいったいどうしたんですか」

「清风のCEOです。人質だったんですが、捕えていたやつらはいなくなりました」

「いなくなった?まさか窓からか?」


割れた窓ガラスの向こうは、予想通り青空で、雲の上に突き出た超高層ビルらしく白い雲海を眼下に控えていた。
百沢という男は頷いて同意を示す。


「ヘリに乗って香港に行ったようです。窓からヘリに移っていきました」


恐らくすべての窓が割れているのは風圧によるものだろう。ここは地上600メートルに近い高度だ、吹き込む風によって圧力が変化してガラスが砕けたのだと考えられる。


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