第三話: Demon City of the Orient−2
プラットフォームの敵を衝撃波や光電子魔法でどんどん倒していき、パネルが外れた天井から電線が垂れ下がり、中国語の看板が床に倒れ、高速鉄道の車両が傾いていく中で、伊吹は百沢の話を思い返していた。
もともと手を組んでいた大義集團と重慶政府が仲違いしたのは、この香港侵攻によって裏付けられる。そのうえで、大義は重慶政府を陥れて深圳を破壊する予定だった、というのも真実だとする。
だとすると、大義の目的はなんだったのだろうか。百沢の言う通り、清风の魔法兵器と情報を奪うために重慶政府の物量を使って深圳を占領し、その後深圳を破壊して香港を復興対象とすることで影響力を取り戻しつつ、怪しまれないように重慶政府ごと深圳を焼き払うというのは筋が通っている話だ。
しかし、それが最初の目的だったとすれば、裏切ったという大義の一部のメンバーが重慶政府側について香港侵攻を助けているメリットが分からない。このままうまくいった場合、香港はさらに荒廃し、魔法兵器は重慶政府と山分けしなければならず、深圳事変のことを刑事責任に問われ捜査が入ることになる。大義集團は終わりだ。それでもなお、重慶政府につくメリットはなんなのか。もしや、組を抜けて重慶に行くつもりだろうか。だが香港に侵攻し深圳から退却すれば、人質はいなくなり、渝州省の独立は難しくなる。いや、もはやここまでやってしまえば不可能だ。
もともとの大義の作戦でも重慶政府は裏切られ中華連邦政府に放逐されるはずだったため、重慶政府に最初から未来はなかったのだ。それでも大義を抜けて重慶政府につこうとする者たちの意図が分からなかった。
少なくとも大義の予定通りにやっていればメリットはあったにも関わらず、勝ち目のない重慶政府とともに戦う意味はない。
まるで仕組まれたすべての作戦を無に帰すような事態であるのに、それを意図していたように大義の裏切り者はこの事態を引き起こした。
さらに百沢だ。これだけの情報を聞いていた百沢を口封じしなければ、大義も重慶政府も伊吹たちに追い詰められるに決まっている。あのときにはすでに福田駅での戦闘が始まったことは知っていたはずだから、国連の介入を知っていながら情報の漏洩の恐れのある人間を生かしておく理由がない。
「…百沢に情報を流させた……?」
一通り攻撃が終わり、プラットフォームから敵はいなくなる。伊吹の独り言は、上階からの銃撃や悲鳴にかき消される。
百沢を生かす理由がない、そうなると考えられるのは「わざと」だ。天童が怪しんでいた通り、百沢は重慶政府側の人間で、大義殲滅を国防軍にやらせるために大義が攻撃対象となるよう情報を流していた可能性は高いと伊吹も思う。
だが、百沢は117階で重慶政府のトップたちも香港にヘリで向かったと言っていた。百沢の情報を得た国防軍は、間違いなく大義も重慶政府も香港でまとめて叩くと分かるはずなのに、わざわざ重慶政府のトップまでもが香港にいるという事実を語るのだろうか。
「…いや、こればっかりはうっかり間違えることもあるしな、あてになんねぇか。東洋の魔都って感じだな」
そう独り言ちると、伊吹は階段へ走り出した。考えていてもしょうがない、と頭を振ってコンコースを目指す。味方が到着すれば否応なしに考えさせられることになる。
東洋の魔都というのは上海を示す言葉だが、この様々な勢力が跋扈してカオスとなった香港の有様はまさに魔都然りといったところか。
階段を上がって出境コンコースに着くと、二口と赤葦が吹き抜けの空間に並ぶベンチの合間に助けた人々を集め、孤立空間魔法で守っていた。地下1階まで3フロア分の吹き抜けとなっているここは、白い柱が樹の幹のように天井を支え、全体的に曲線を描いた近未来的な空間だ。広い空間のため、悲鳴や銃声がこだましていた。
「二口!大丈夫か!」
「おー、昼神の方見てきてくんね」
二口に声をかけると、大丈夫だと返される。吹き抜けに突き出す広いテラスのようになってここから見えている地下2階の入境コンコースは、香港市警と黒尾たちが兵士と戦っていた。
伊吹はこの空間を抜けて奥へと進み、空港のようなパスポートコントロールに入る。かつて大陸と香港とを分ける場所だったここは、もはや必要がなくなりただのゲートと化している。
横に長い無数のゲートの群れは、40以上並んでいる。
空間は鉄の柵によってしっかりと分けられているが、そのレーンの合間に昼神が生存者を回収していた。整然とした空間には、上の保安検査場からたまに兵士が下りてきては国見に凍らされていた。
「昼神、こっちも大丈夫そうだな」
「全然おっけー。てか魔法科いないなら、もう作業だよね」
いつもの柔和な笑みで毒のあることを言うのも慣れた。伊吹は「そりゃ結構」とだけ返して、吹き抜けに戻る。
するとそこに突然、吹き抜けの天井のガラスが割れ、鉄骨が破断する甲高い音が響いた。光が差し込む量が増えたかと思うと、鉄骨が地下3階に落下してベンチや照明を破壊し床を砕く轟音とともに、光を遮って男たちがロープを伝って降りてきた。
二口の孤立空間魔法によって、悲鳴を上げて蹲る地下3階の市民に怪我はないが、派手すぎる乱入の仕方に二口がキレているのが遠目に見えた。
深圳から空路でやってきた第1魔法科大隊本隊の到着だ。無線に武田の声が柔らかく聞こえてくる。
『こちら司令部、第1魔法科大隊全部隊が西九龍駅に到達、破壊活動型横断編成分隊”Titan”を編成し西九龍駅を制圧してください。Silentは各小隊に戻り、代わりに少数攻撃型横断編成分隊”Midnight”を編成、マフィア大義集團の本拠地がある中環の立入禁止区域に急行してください。残りは尖沙咀・油麻地で民間人を守りながら重慶政府軍の掃討となります』