第三話: Demon City of the Orient−4
やはり昼神と二口の孤立空間魔法のようだ。おかげで地上はクリアになったが、及川はキレていた。それでも二人は悪びれない。瀬見の小気味いいツッコミも、二人はどこ吹く風だった。
やがて前方の中央部の車線が坂道となり高架に接続しているのが見えてきた。この通りは左側に九龍公園を見ながら進み、右側に中港城というガラス張りのデパートが差し掛かるあたりで高架となって左右に分岐する。左は九龍公園通りという幹線道路になり、右は下道となった広東通りの上を跨いで海岸へ向かう。下道にはまだ市民が残っているのが見え、事故を起こした車が道を塞いだままだった。
「も〜…ほら、みんな口閉じて、舌噛まないように、ねッ!」
そう言って及川は高架に入っていくと、右へのカーブを少し進んだところで、窓から顔を出して正面に爆轟魔法を展開した。直後、高架のコンクリート柵が爆発して粉砕された。煙が舞う中に車は突っ込み、そして、コンクリートがなくなったところから空中に飛び出した。
カーブの先に見えていた、下道となった広東通りに向かって車はゆっくりと落ちていく。
「にろちゃん!!」
「おわぁああ!!?」
内臓が浮き上がるような感覚にゾッとし、瀬見の悲鳴が響いたとき、及川が鋭く二口に指示する。二口はすぐに車の下から眼下の広東通りに向けて下り坂の孤立空間を出現させる。車は大した衝撃もなくその上に着地すると、及川がハンドルを押さえてコントロールしながら徐々に道へと下っていった。
ようやく道路に降り、孤立空間魔法の坂道も消えると、伊吹は詰めていた息を吐く。無茶をするならそう言って欲しい。
正面には山本が手を振っている。そして通り抜き様に敬礼した。すでに道を開けていてくれて、道路には車はなく、当然降ってくる車体もなかった。普通に横にどけてくれていたようだ。
「うっは、ホンマ中国の映画みたいやなぁ〜」
「及川お前もっとこう…もっとこうさぁ…!」
侑は格好いいものを見たとはしゃぐが、こちらは溜まったものではない。瀬見も語彙力をなくしながらも及川に不満を漏らすが、今度は及川が聞いていなかった。車は、正面に対岸の超高層ビルをすでに捉えている。もうすぐビクトリアハーバーだ。及川は直線の道を飛ばしながら、軽く後ろを振り返る。
「連絡船乗り場を吹っ飛ばすから、中環まで孤立空間魔法で道作ってよ、にろちゃん、昼神君」
「え〜、及川さん人使い荒くないっスかぁ〜?」
「伊吹が可愛くお願いしてくれたらいいですよ〜」
「ほら伊吹!今だよ!媚売って!」
「はァ?」
「うわ柄わる…」
くだらないことを抜かす及川に思わず顔をしかめた。慣れた及川は後ろの二人に「いいから頼んだよ!」と押し付ける。
そこへ、影山が冷静に及川に声をかけた。
「あの、及川さん」
「なに飛雄ちゃん」
「前、もう着きますけど」
「え」
及川が前に視線を戻すと、あと10メートル少しというところまで接近していた。丁字路となった道の正面の連絡乗り場は、簡単な構造の建物ではあるが、突っ込めば普通に事故だ。
「飛雄もっと早く言え!!!」
及川はそう叫ぶと、慌てて正面に手をかざして建物を爆轟魔法で地面ごと吹き飛ばした。大量の瓦礫が空中に舞い上がり、海水も跳ね上がっていた。そして、穴となった船着き場跡から車は再び空中に飛び出した。つい伊吹はシートベルトを握り締める。
フロントガラスにすぐ海面が迫るが、直後、真っ黒なもので海面は覆われた。
激しくそこに着陸し、車は大きく揺れる。頭をぶつけて呻きながらも、車は黒い地面の上を走り始めた。
車の速度に合わせ、車の前方に常に数メートルの余裕を持たせながら黒い地面がまっすぐ中環へと延びていき、ビクトリア湾の海の上に道ができていく。後方では車を追いかけるように消えていた。
「…すげーなお前ら」
思わずといったように瀬見が言うと、その隣にいる二口は左腕を前にかざして右手で左手首を掴みながら前方を睨みつける。二口を含め、全員香港の暑さから迷彩服の袖を捲っているが、二口の黒いフィンガーレスの革手袋から袖口まで太い二の腕に筋が張っているのが見えた。
「集中してるんで…黙っててください…」
「わ、わりぃ…」
珍しく昼神も顔の前で右手の拳を握り締めており、捲った袖から覗く腕には血管が浮かんでいた。魔法科兵はそれぞれ、自身の魔法の発動に独自の「感覚」を持っているため、こうして集中するときにどのような癖が出るかはばらつきがあった。
一方、侑は黙っていられない性分だ。
「なぁなぁ及川さん、この上走んのどんな感じなん?」
「ちょっと、俺も集中してんだけど…!」
「ほらもう黙っとけ」
「は〜い…」
夜久に窘められてようやく侑も黙る。
この孤立空間魔法は、孤立系を生み出すものだが、孤立系とは物質やエネルギーの外界との交換を行わない空間であって、決して物質でも固体でもない。アスファルトとタイヤの摩擦や反発するエネルギーを考慮して設計されている車が走るには、あまりに環境が違いすぎる。アイスバーンが一番近い状況かもしれない。
それでも車は揺れながらも進み、正面に見える中環の高層ビル群が迫っていた。ビル街の壁面はどれもボロボロで、ビルのあちこちが壊れて中のブラインドやカーペット、電線が垂れ下がっている。人が使っている気配のない、明らかに廃墟と分かるビル街は、かつて百万ドルの夜景と呼ばれたものだった。今や、中環から灣仔にかけての大部分が立入禁止区域となっている。