第三話: Demon City of the Orient−12


この古森という男、かなり強い。わざわざ赤葦をここまで連れてきてから地面に叩き付けたのは、より伊吹たちを分散させるためで、それは同時に、単体で十分に戦える相手だと伊吹たちを判断したからに他ならない。


「……任せました」


伊吹は風気魔法によって一気に空中に飛び上がる。それを合図にして、及川と影山は古森に攻撃を開始した。激しい爆発音とともに、街灯やブロックが吹き飛ばされアスファルトが破壊される音も響いてくる。
前方を走行するトラックはすでに人工島に差し掛かろうとしている。その先は海底トンネルでより戦いづらくなってしまう。なるべく海上で仕留めたかった。最悪殺すしかないだろう。

伊吹がトラックに追いつくと、運転席の百沢はちらりとこちらを見るなり、衝撃魔法を放ってきた。運転席の扉が吹き飛んでこちらに迫る。
伊吹はさらに前に出てそれを避けると、前方の道路標識の支柱を破壊して地面に倒した。
緑色の標識は「珠海29km、澳门29km」というものと「广州180km」、そして「广东界」と書かれたものの3枚に分かれている。かつて香港と中国との境界だったラインだ。足下のアスファルトには白地で「Guangdong 广东」と表示されている。ここからは広東省、中国大陸であるため簡体字に変わるのだ。

百沢は目の前に迫る標識を衝撃波で吹き飛ばそうとしたが、伊吹はそれに合わせて反作用衝撃魔法を展開する。百沢の魔法は自身に跳ね返る。
シールド兵器は、その発動に使われた魔力と同質の魔力には反応しない。そのため、百沢の魔力が跳ね返された反作用魔法は防げない。慌てて百沢はそれをさらに衝撃波を放って相殺したが、それによってトラックはぶれて側壁にぶつかりそうになり、急停車する。

伊吹は扉が外れた運転席に入ったところで風気魔法を解き、百沢の膝の上に乗っかって、左手を肩に置いて体を支えつつその首元に右手の指先を揃えて押し当てた。


「……ずいぶん、色気のない対面座位だな」

「遺言は選んだ方がいいぞ」

「…あんたに殺されるんなら本望だな」


百沢はそう言って、伊吹に対して反撃する意志を見せない。それどころか、伊吹の腰に手を遣ってするりと撫でてくる。


「何言ってんだお前」

「俺たちはそういう考え方するんだ。だからこういうことをしてる」


抽象的な言い方をする百沢は、やはり殺されそうになっている危機感を持っていない。さらに、首を前に傾けてその額を伊吹の胸元にもたれさせてくる。ツーブロで刈り上げた後頭部を見下ろしながら、伊吹は百沢の言動に困惑した。


「あいつらがなんであんたのことを好いてるのか分からなかったが、深圳でよく分かった。だから、本気で協力するんだ」

「あいつらって、古森とかいうヤツのことか」

「そうだ」


と、そこに無線が入る。烏養の声だった。


『Midnightへ、こちら司令部。二口、赤葦、瀬見、夜久が重傷、及川と影山も負傷。動けるのは昼神と宮侑と朝倉だけだ。すでに魔法技術のデータが奪われている以上、兵器の在庫を取り返しても焼け石に水だ、これ以上負傷する必要はねぇ。撤退しろ』

「…こちら朝倉。正気っすか」

『正気だ。朝倉、負傷した奴らを頼む。特に二口は一刻を争う』

「……了解しました。帰投します」


烏養が言う以上、刃向かうわけにもいかないし、何より二口がそこまで重傷だと言うのならすぐに向かうべきだ。


「…百沢、必ず捕らえてやるから首洗って待っとけ」

「楽しみにしてる」


伊吹は百沢の膝から降りるとトラックから飛び降りる。伊吹の後ろに、百沢は声をかけてきた。


「伊吹、」


馴れ馴れしく名前を呼んで来た百沢を睨み上げると、百沢は薄く笑った。


「俺たちはVASNA(ワシュナ)、また会おう」

「…VASNA……」


聞いたことのない組織名だったが、エンジンを吹かす音を聞いて伊吹も踵を返す。今は撤退しかない。

伊吹が飛び立つと、百沢もトラックを発進させた。振り返ることすらせず、伊吹はただ前だけを見つめる。恐らくこれは、第1魔法科大隊にとって初めての敗戦だった。


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