第三話: Demon City of the Orient−13
伊吹たちMidnightは、港珠澳大橋から「いずも」へと帰投した。最も重傷だったのは二口で、光電子魔法によって腹を貫通されていた。出血多量によって意識を失っている。
また、頭を強く打った赤葦は肋骨も骨折しており、全身打撲と脳震盪、腕や足の骨折によって瀬見と夜久も重傷となっている。及川と影山もあちこちに打撲や出血で負傷している。
侑と昼神はたいした負傷ではないが、どこか上の空だった。
ほぼ無傷だったのは伊吹だけである。
古森や百沢、そして昼神と侑が戦っていた黒子の男はトラック二台とともに逃げおおせたようで、その後の行方は分かっていない。
「いずも」に戻ってから少しして、尖沙咀エリアでの戦闘は重慶政府の退却によって終了した。重慶政府軍は張などの指導部が死亡したことで瓦解するかと思われたが、重慶に残った幹部が立て直しを図り、生き残った兵士たちは全員、空路で渝州省へと帰っている。依然として重慶政府は渝州省を独立した国家として承認するよう中華連邦に圧力をかけ続けており、それに触発された四川省や湖北省、貴州省でも同じような動きが起こり始めていた。
深圳事変は解決され、深圳も香港も解放されたものの、重慶政府はまだ活発に動いているため、国防軍を含むA24の国連軍は珠江口に留まっている状況だ。
激闘が終わり夜となる頃には、全員後始末も終えて「いずも」に帰投しており、伊吹は一通り報告を終えて二口の病室に来ていた。
VASNAについては烏養も聞いたことがなかったらしいが、さすがに武田は存在は知っていたのか説明してくれた。
VASNAは魔法を人類にもたらされた神の恩寵だとするような、そんな思考の一種の宗教団体だ。
古ペルシア語の
vašnâが由来らしい。神の恩寵たる魔法をより人類にとって普遍的なものにするための活動をしているとされる。とはいえ、日本支部は右翼団体でしかないのが現状だそうだ。とても、こんな大規模な活動をするような団体には思えなかった。それは烏養も同意で、もたらされた情報は国連とともに日本政府でも検討するそうだ。
どんな組織であれ、VASNAのメンバーである佐久早と古森が大義に潜り込み、重慶政府と大義を二重で騙し、深圳と香港に甚大な被害を出しながらすべての目的を達成して見せたことに変わりはない。今後の対策は慎重にならなければならない。
そこから先は伊吹の領分ではないため、伊吹は今はこうして二口の病室で様子を見るだけの時間を過ごしていた。
先ほどまでは及川と茂庭もいたが、それぞれの小隊のこともあるため今は部屋にいない。軍艦だけあって無骨な部屋だが、学校の保健室に似たような内装に思える。6つのベッドが並んでいるが、ここは重傷患者の部屋のため二口しかいない。赤葦や夜久は隣の病室にいる。
二口の額に張り付いた前髪をどかしてやり、呼吸器が白く曇るのをぼんやりと見つめる。
決して自分のせいだと責めるつもりはない。敵が強かった、それだけだ。圧倒的に情報がなかった伊吹たちが後手に回るのは致し方がなく、特に古森の防御魔法の極めて複雑な展開による攻守一体となった魔法はどうにかなるものではなかった。
「…何が戦略核兵器級だ……」
伊吹を警戒するM17の国々に言ってやりたかった。所詮はこんなものだと。
パリでも苦労したが、結局のところ、上限が高いというだけで決して伊吹の通常戦力としての能力は特別なものではない。
「…どうせ怪物なら、みんな守れるくらい圧倒的なら良かったのに……」
思わずそう呟いて、二口の手を握りしめる。怪物だと蔑まれるのなら、絶対に誰かを守れるくらい圧倒的な強さであれば良かった。単に街をひとつ吹き飛ばせ、莫大な魔力を持っているだけでは守れない。孤立空間魔法の一つも使えない伊吹は、殺すことや破壊する力が強いだけで、守る力なんてたいしたものではないのだ。
「殺して壊すことしか能がない怪物か……」
「…そう、か……?」
突然、別の声がした。勢いよく顔を上げると、二口がこちらを見ていた。目を開けているが、かなりぼんやりとしていた。
「っ、二口…!」
すぐにナースコールを押して医療兵を呼ぶ。その間に、二口は伊吹の手を柔らかく握った。
「そんな、泣きそうな顔する、怪物がいるかよ…」
「なに、言って…」
「ふっ、やっぱおまえ、かわいいよな」
ろれつが回りにくいのかゆっくりと言った二口は呼吸器越しに微笑んだ。基本的には憎まれ口ばかりの二口が、こうしてフォローするようなことを伊吹に言うことはほとんどない。伊吹はそれに、恐らく下手くそであろう笑顔を浮かべた。
「おまえ、それ、今際の際みてぇだぞ……」
「死なねーわ……」
そんな二口の肩にそっと額をつけるように顔を伏せる。「重い」と文句を垂れてくるわりに、「どけ」とは言わなかった。そんなぶっきらぼうながらも気兼ねない優しさが、伊吹はひどく安心できた。