第三話: Demon City of the Orient−14


中華連邦共和国・香港特別市中西區金鐘(アドミラルティ)

中環のビクトリア湾沿岸にあるプロムナードに、小型船で接岸すると、伊吹は風気魔法で軽く飛んで陸地に上がった。大半が廃墟となった中環にあって、この区画だけは人が立ち入ることが多い。
金鐘というエリアは中環と灣仔の間にあり、香港における永田町のような場所だ。立法府である市議会がある場所で、かつては特別行政区立法院があった。名前だけ変わっているが、大戦では空爆を受けなかったため建物なども戦前と同じだ。
九龍エリアからは地下鉄で金鐘までは行くことができ、その先の中環方面は地下鉄も運行せず立ち入り禁止となっている。

そんな金鐘の市議会議事堂に呼び出された伊吹は、こうして海からこの区画に上がって、公園の先に威容を構える建物を見つめる。
かつて百万ドルの夜景と呼ばれた高層ビル群のほとんどは廃墟となって暗いままだが、この市議会だけは煌々と明かりを灯している。建物は公園の左手に曲面のあるガラス張りの低層棟があり、正面には凱旋門のように真ん中が吹き抜けている門のような高層ビルが建っている。他にも複雑な建物が複合的に組み合わさったここが香港行政の中心だ。

香港議会に呼ばれている、と烏養に言われた伊吹は、二口の病室からまっすぐここへやってきた。烏養や武田も香港議会の意図は分かっておらず、しかも伊吹一人で来いという指示の意味も考えあぐねていた。
議事堂への立ち入りを伊吹にしか許可しないと言われれば、A24として派遣されているだけの国防軍には従うほかない。副大隊長とはいえ一介の兵士に過ぎない伊吹を呼び出す、ということはやはり不穏だ。

烏養も武田も渋っていたが、外交問題になっても困るため、仕方なく応じた形である。

伊吹は暗い公園を歩いて行く。街灯はついていたり消えていたりとまばらだ。対岸の九龍エリアは眩い光で夜空を照らしているが、廃墟を背景にした議事堂しか明かりのない暗闇の香港島は不気味だった。

議事堂の入り口まで行くと、心得たようにスーツ姿の男性に通される。歓迎されているような感じではなかった。まったく相手方の意図が分からないまま、案内に従って向かう。こういう場面できちんとした軍服を着るのは陸佐以上であるため、尉官である伊吹は迷彩服のままだ。さすがに袖は下ろしており汚れていない洗濯されたものを着ているが、やはり高級そうな調度品が並ぶ廊下を歩くのは浮いていた。

そうして歩くこと数分、重厚な扉にたどり着き、それを案内の男が開く。中に促されるまま入ると、広大な部屋の中央には会議室のように円卓が置かれ、20人ほどの男性たちが座っていた。周りには秘書が円卓を囲むように丸くなって立っており、さらにその後ろの壁際にはSPらしい男たちも控えていた。

円卓に座る男たちの一人が中国語で何かを喋る。すると、案内役の男が日本語に翻訳してくれた。どうやら英語も使わないらしい。


「このたびはご足労いただきありがとうございます。私たちは中華連邦共和国政府の内閣や広東省、香港特別市、深圳特別市の指導部です。深圳事変と重慶政府の反乱に対してここ香港で指揮を執っています」

「…朝倉伊吹、日本国国防軍一等陸尉、国連第24条活動派遣部隊所属です。本日は何のご用件でしょう」


きちんと名乗る必要はあるだろうと、軍人らしく挨拶を述べれば、また同じ男が喋り、案内役が伊吹のそばで翻訳をする。


「単刀直入にお願いしましょう。重慶を消滅させてください」

「…は……?」


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