第三話: Demon City of the Orient−15
男が言ったことが信じられず、翻訳する男をしばし見つめたあと、円卓に視線をやる。誰しもがじとりとこちらを見つめていた。
「先の大戦でライプツィヒのロシア軍を撃滅したと聞いています。その戦略核兵器級の魔法によって、重慶を反乱軍ごと消して欲しいのです」
「…戦略核兵器級魔法は横浜議定書で禁止されているはずです。中華連邦も批准していたと記憶していますが」
「おっしゃる通りですが、もともと深圳を破壊するため重慶政府が用意していた大戦中の旧政権が保持していた戦略核兵器級魔法兵器が重慶政府の手違いで誤爆したという『調査結果』を発表する予定ですので問題ありません」
問題しかない。何を言っているのかと信じられず、こうして伊吹一人を呼んだのもこの大問題を国際社会に露見しないようにするためだと分かってますます目を疑った。まさかこんな大雑把なことを本気で一国が言うとは思わなかったのだ。
「私に拒否されることはお考えになかったのですか」
「ええ。我々は横浜議定書附属書1Cを批准していませんから」
そう案内役が言った瞬間、伊吹は彼らの意図を理解した。
横浜議定書附属書1Cは伊吹の扱いを定めたもので、まだ中華連邦は附属書1Cの批准をしていない。日本が伊吹のような強すぎる兵士を持つことに、まだ中国と韓国は批判をしているのだ。
「附属書1Cを批准していない我が国では、法理としてあなたは国際法違反のまま。つまりあなたを日本国防軍の正規兵とみなしていないと解釈できる。そのため、あなたはA24に関係なく密入国した不法入国者として拘束することが可能だ」
「魔法科兵を拘束するつもりか」
「魔法がなくとも可能ですよ。国家間の外交問題とはそういうものです」
附属書1Cを批准していない中国は、理論上、伊吹の存在を国際法違反だとして日本の正規軍の兵士と認めない立場をとれる。そうすると、今こうして立っている伊吹は不法入国となるのだ。
もし重慶を破壊しないというのなら、今ここで伊吹を捕らえて、中国と日本の外交問題にすると脅している。そうなれば、ようやく戦後の復興と経済の回復を始めた日本にとって経済的に極めてマイナスなことになる。人質は日中間のあらゆる国際関係ということだ。
伊吹は頭を巡らせるが、この状況を平和裏に回避する方法はない。伊吹個人が伊吹個人で判断しなければ、他のいかなる手段も彼らは認めないだろう。
重慶を消滅させる。復興していない都市といえ、あそこには数百万人がいまだに暮らしている。反乱軍がどこまでいるか分からないため、恐らく市域全域の破壊を求められ、場合によっては渝州省全域を攻撃するよう言われるかもしれない。
「……重慶を、また日本に攻撃させるのですか」
「使えるものは何でも使うのです。それくらい強かにならなければ、この大陸をまとめることなどできない」
かつて日本が激しい攻撃を行った重慶。そこをまた焦土とするのか。今度は数百万の命を奪うことになる。大半は無実の一般市民だ。手が震えるのを感じた伊吹は、いっそのこと、ここを爆破してすぐに逃げ出すことすら考えた。しかし結果は同じだろう。どうあがいても、国際問題として彼らは取り上げようとする。
伊吹が重慶ごと反乱軍と数百万の市民を吹き飛ばさなければ、納得しない。
人を殺さなければ国際問題にすると脅されているこの状況を打開するには、伊吹は一人ではとても力が足りなかった。
もしも今ここで頷いて、重慶を破壊したら、それでも牛島は伊吹を好きだと言ってくれるのだろうか。こんな脅しに屈して無数の命を奪っても、伊吹は伊吹でいられるのだろうか。
頭に浮かんだ牛島の顔は、そんな現実逃避をやめさせようとするかのような「どうするのですか」という声にかき消される。
そのときだった。