第三話: Demon City of the Orient−16
突然、部屋の壁の一部が吹き飛んだ。轟音とともにコンクリートが破壊され、照明が割れる甲高い音のすぐあとに部屋は暗くなる。男たちの悲鳴が響きSPがすぐに拳銃を構えるが、その直後、眩い光線が次々と部屋にいた人々を貫いていった。円卓にいた男たちは床に倒れたり机に突っ伏したりと息絶え、案内役の男も倒れて血を流した。
「な…っ」
何が起きたのか分からず、暗くなった部屋を呆然を見渡す。一瞬で全員が死んでいた。照明がないものの、崩れた壁から外の明かりが部屋に差し込んだ。
その淡い光に照らされた背の高い男がこちらを見遣る。透視でよく見てみれば、その額には二つの黒子が並んでいた。
橋での戦闘の際に見た男の一人だ。
「ッ、お前…!」
この光電子魔法、間違いなく、大義の本拠地で大義と重慶政府のトップを殺害し、二口に大けがを負わせたものと同じだ。
伊吹は臨戦態勢になろうとしたが、しかし男はまったくこちらに敵意を見せないどころか、こちらにゆったりと歩いて近づいてきた。あまりに無防備なそれに、伊吹は思わず足を止め魔力を引っ込めてしまう。
様子を窺っていると、男は伊吹の正面に立った。近くに立つと身長差ははっきりと分かる。牛島とほぼ同じくらいの身長だろう。
端正な顔はお世辞にも愛想がよさそうには見えなかったが、男は口元を緩めると、おもむろに伊吹を正面から抱き締めてきた。突然のことに驚き体が硬くなる。
「な、にして、」
「伊吹。会いたかった」
明瞭な声が耳元に響く。男の鎖骨あたりに鼻先が当たる。なぜ名前を知っているのか分からない。
「…なんで名前知ってんだ。いや、お前は誰だ」
横浜議定書によって伊吹の名前や様々な個人情報がIMAで確認できるようになった今、伊吹のことを知っていてもおかしくない。それよりも、この男の正体の方が重要だった。
「佐久早聖臣。もう百沢から聞いてると思うけど、VASNAに所属してる」
「…目的はなんだ」
「さぁ。いろんなのがいるから一概には言えねぇ。でも、少なくとも俺と古森は、一番組織の原始的な目的で活動してる」
「原始的…?」
「じきに分かる。本当はこのまま連れ去りてぇけど、まだそのときじゃない」
要領を得ない回答に伊吹は少し苛立つが、佐久早という男はすっと体を離す。逃がすか、と伊吹は追いかけようとしたが、一瞬猛烈に眩しい光が部屋に満ちたかと思うと、とっさに目を閉じた伊吹がまた目を開けたときには消えていた。
結局名前くらいしか分からなかったが、伊吹は血の海と化した部屋を見てため息をつく。
「…助けられたのは、確かだな…クソ、腹立つ」
第三者によってここにいる全員が殺害された、それによって伊吹は逃げる方法を得た。それだけは確かな事実だった。敵に助けられた不甲斐なさに自分が嫌になる。
すると、穴の開いた壁にまた別の影が現れた。
「伊吹!おるか!」
「伊吹大丈夫!?」
「え…侑?昼神?」
現れたのは侑と昼神の二人だった。なぜここにいるのか分からず頓狂な声を上げてしまう。二人は慌てて遺体の上を飛び越えながら伊吹のところまでやってきた。
「いったい何が起きたん?!」
「…襲撃だ。お前らが戦ってた相手、佐久早ってやつ」
「あいつが……」
二人は少し考えるそぶりをするが、驚いた様子はなかった。昼神は伊吹の手を取ると、「とりあえず出よう」と壁の穴へエスコートするように引っ張る。侑も光電子魔法によって足下を照らした。
歩きながら、昼神が口を開く。
「俺たちも、「いずも」の艦上にいるときに、佐久早に会ったんだ」
「は?艦上で?」
「あいつも風気魔法で飛べるみたいでさ。俺たち二人に、伊吹が危ないからすぐ金鐘に行けって。迷彩魔法で姿消してそのままどこ行ったか分からなかったんだけど、先にここにきてたのか」
「伊吹が危ないて聞いてすぐ抜け出してきたんやけど、どない目に遭うたん?」
部屋から外に出ると、変わらず暗い公園を海へと歩き出す。背後ではようやく物音に気づいた人々が部屋にたどり着いてその惨状に悲鳴を上げていた。
「…俺だけ呼び出された。烏養さん含め他に誰も帯同しないよう言われてて、一人であの部屋に入ったら、政府や省の偉いさん方がいて、そんで、俺に、重慶を消滅させるよう脅してきた」
「脅し?」
伊吹ほどの兵士に一般人が脅せるのか、と昼神は首をかしげる。
「…中華連邦は横浜議定書本体は批准してっけど、附属書1Cは批准してねぇからな。俺の存在を国際法違反だとして、日本の正規軍と見なさず不法入国として拘束するって脅してきた。どう転んでも、重慶を滅ぼさない限り、俺のことを巡って日本に外交問題をふっかけるつもりだった」
「日本経済と国際関係を人質に取って、無理矢理伊吹に重慶を破壊させようとしてきたってわけ?」
「人殺し強要するて…異常やろ」
昼神も侑も憤りをあらわにする。なんだか二人の纏う空気が冷えているような気がして、伊吹は少し不安になった。伊吹のことをとても大事にしてくれているのは分かるのだが、なんとなく、それが先ほどの佐久早と似ているような気がしたのだ。
つい、伊吹はその不安から、前を歩く二人に後ろから抱きついた。ガタイのいい二人をまとめて抱き締めることはできないため、二人の腕と背中に顔を押しつけるようなことしかできない。それでも、二人は動きを止めた。
「ど、どないした?」
「伊吹?」
「…俺は大丈夫だ。さっきは佐久早に助けられる形になったけど、あいつ含め、VASNAとやらはこれだけのことをしたんだ。許されねぇ。深圳の死者は2000人、香港の死者も1000人以上出てる。どんな大義名分があっても、必ず法に裁かれなきゃなんねぇ」
「…ん、せやな」
「ごめん、不安にさせたね」
侑と昼神は、伊吹の感情を正確に察してくれていた。二人が行き過ぎた感情を抱くことを心配しているのだと分かり、二人揃って伊吹の頭を撫でた。
「大丈夫、伊吹が守りたいものを守るから」
「せやで、あいつらもなんでか伊吹んこと特別視しとるみたいやったけど、伊吹は世界の平和のために頑張っとるんやし、俺もそれを尊重したいて思う」
「ん……ありがとな」
二人の空気が柔らかくなったことで、伊吹は息をつく。ひとまずこれで、中国での任務は終了となるだろう。これ以上は内政干渉になりかねない。
VASNAの目的はいまだ曖昧なままだが、いずれにせよ、今回の一件で大量の最先端の魔法兵器の情報と魔法兵器そのものがやつらの手に渡ってしまった。マフィアと反乱軍をどちらも騙すほどの組織だ、ろくなことにならない。
いまだ不安定な世界にとって、間違いなくあってはならない存在だった。