第一話: กระต่ายหมายจันทร์−2
スマイルラビット航空5R679便・太平洋上空。
「伊吹、食えねぇの?」
「まぁ…瀬見さん腹減ってんすか」
「そういうわけでもねぇけど、残すのもったいねぇだろ。食わねぇなら俺食うぞ」
「お願いします…」
「ん」
左から2列、4列、3列という座席配列になった機内の、左側にある2席のところに並んだ伊吹と瀬見は、配られた機内食の夕食をあらかた食べ終わっていた。通路側に座る伊吹の前に置かれたトレーから、瀬見はパンをひょいと取っていきもさもさと食べ始めた。見ていた映画は正直つまらず、飽きてもはや見ていない。外したイヤホンが機内の僅かな揺れに合わせて揺れた。
東京・羽田発バンコク・スワンナプーム行きのフライトであるこの5R679便は、タイの航空会社であるスマイルラビット航空によって運航されている。機体はゴーイング777で、日本の会社ではないものの、日本路線だけあって清潔でサービスの品質も高めだった。
仕事柄フライトには慣れている伊吹と違い、瀬見は国際線に乗るのはプライベートでは初めてということでテンションを上げていた。とはいっても、これはプライベートではなく立派な任務なのだが。
しかし瀬見も伊吹も私服であるため、プライベートに近いのは確かだ。最悪、到着するまで完全にプライベートと同じということもありえる。
瀬見はダサいとからかわれる私服を白布によって見繕われ、黒いタンクトップの上に白い麻素材のシャツ、シンプルなシルバーネックレス、ジーンズ、ごつめのショートカットブーツといういで立ちだった。顔が凛々しく体格のいい瀬見によく似合っている。
伊吹も珍しく私服を着ていて、黒いスキニーパンツとスニーカー、白い半そでのTシャツ、紺色の七分袖のテイラージャケットという格好をしている。
そして通路を挟んで隣には、夜久がベージュの薄いチノパンとスニーカー、黒い生地に袖や襟の淵にチェックの折り返しがついたポロシャツという服装でぐっすりと寝こけていた。
なぜこの三人でこうして飛行機に乗っているのかというと、これが国防軍として正式な任務であるからに他ならない。
発端は深圳事変と香港騒乱だった。
魔法至上主義団体VASNAに所属していた佐久早、古森、百沢の三人は、他の協力者である中国人たちとともに香港の大義集團というマフィアに潜入していた。VASNAはどうやら大戦末期に中国旧政権が撤退した魔法研究施設を制圧し魔法使いを量産したらしく、その一部である佐久早たちが大義に潜り込んだようだ。
そして貴重な戦力として、一大イベントである深圳事変に関わった。
深圳事変は旧政権の復興を目論む重慶の実業家をはじめとする集団・重慶政府が引き起こしたもので、重慶政府は大義と手を組んで深圳を占領した。重慶政府の目的は深圳を占領して外国人を人質に独立を要求することと、深圳の魔法科学企業・清风技術公司から魔法兵器を奪うこと。大義は魔法兵器の強奪と魔法使いによる効率的な作戦の遂行を行い、重慶政府は渝州省の省兵という数を提供する、そんな共同作業だった。
しかし大義は重慶政府を裏切る予定だった。清风の魔法兵器と情報を占有して力をつけ、重点的に復興される予定の深圳を破壊して香港が復興するように仕向けることで香港の都市としての地位を復活させる。それによって組織の影響力をより高めるという狙いがあった。そのためには重慶政府による数が必要で、数の暴力で清风を混乱させることで情報と魔法兵器の在庫を奪う予定だった。最後に深圳ごと重慶政府を消滅させることで証拠隠滅を図るというシナリオである。
作戦は順調に進んだが、深圳を爆破する直前、佐久早たちが大義に反旗を翻した。いや、そういうふりをしたのだ。依然として大義の構成員として振舞いつつ、裏切って重慶政府に味方して、大義を潰すために香港へと侵攻するよう誘導した。
そうして香港騒乱へと事態は拡大し、重慶政府軍のトップは香港・中環の大義本拠地を叩いたが、そこで再び佐久早たちが裏切り、重慶政府軍トップも皆殺しにした。
重慶政府と大義集團にガードの固い清风を深圳ごと混乱させて情報を抜き取る仕事をさせ、大義集團には魔法兵器の回収やトラックの手配を、重慶政府には香港騒乱による隙の創出をそれぞれやらせたことで、VASNAは面倒なことをやらずに魔法兵器と魔法科学のデータを独占することに成功。
大量の魔法兵器と魔法科学のデータがVASNAの手に渡り、極めて危険な状態となっていた。
深圳事変において、清风からデータを盗み出して国防軍を攪乱する情報を流した実行犯は百沢で、作戦全体を指揮していたのが佐久早と古森である。このうち、百沢は指名手配となっているが、佐久早と古森はいまだに情報が分かっておらず、指名手配もできていない。