第一話: กระต่ายหมายจันทร์−3
そんな中で、米国と英国は新たなテロの兆候を掴んだ。
深圳事変以降、魔法テロを警戒するM17の国々は互いに協力しており、特に大戦中に構築した元連合国の情報共有システムは引き続き重要な役割を果たしている。日本国防軍がこの一件からもたらした情報はすでにこのシステムで連合国の間で共有されており、拡散した魔法兵器の回収を急ぐ米国は東南アジアでテロが起こる可能性を指摘したのだ。
やがて米国の諜報機関は、バンコク・スワンナプーム国際空港に向かうフライトを狙ったテロが画策されているという情報を掴み、日時まで特定した。
それが7月18日の午前中にバンコク・スワンナプーム国際空港に到着する国際線というものだった。
この通達を受けたタイ王国政府は、日本政府に対して支援を求め、日本は第1魔法科大隊から少数攻撃型横断編成分隊Midnightの派遣を決定した。タイは魔法科兵を保有していないため、魔法兵器によるテロだった場合には太刀打ちできない。そこで近場で魔法科兵を持ち、なおかつパリや深圳・香港で活躍した国防軍に白羽の矢が立った形だ。
7月18日の午前中にスワンナプーム空港に到着する国際線は3便。戦前は無数にあったが、大戦で航空会社は致命的な影響を受けたため、この日の午前中到着のフライトは僅かに3便しかなかった。まだ人の移動はかつての水準に遠く及ばない。
この3便のうちの一つが、羽田発のスマイルラビット航空5R679便である。これには防御担当として夜久が乗り、攻撃担当として瀬見と伊吹が乗っている。
他に、クアラルンプール発ロイヤルマラヤ航空RM13便には昼神と赤葦、及川が、バンドン発ジャカルタ航空JG1105便には二口と侑、影山が搭乗している。
クアラルンプール発RM13便には一度羽田から直行便で向かって乗り継ぎ、バンドン発JG1105便に至っては羽田からジャカルタを経由してバンドンに出てからバンコク行きに乗っている。もちろん、この航空券はタイ政府が負担している。
日本から直接フライトできている伊吹たちは楽だった。
しかし伊吹はあくびを堪えきれず、キャビンクルーにトレーを回収してもらってからすぐにテーブルを片付けた。
「やたら眠そうだな」
「まぁ、夜間便てのもありますけど」
これは夜遅めの時間に出たフライトで、バンコクには早朝に到着する。及川たちが乗っているほかのフライトよりも早くバンコクに着くことになっていた。こういうフライトでは到着前の朝食しか出さないことが多いが、この会社は律儀に二食出してくれるらしい。
瀬見は眠そうな様子を隠さない伊吹に首を傾げた。
「にしても眠そうっつーか…疲れてんのか?」
「…そっすね、疲れてます。IMAとの報告書のやり取りがやっと終わって」
「報告書って、深圳のか?」
「はい」
小声で話す内容は、伊吹の存在が国際法違反にならないための仕方ない措置についてだった。
伊吹はIMAの監視下に置かれた上で国防軍に所属することで、横浜議定書附属書1Cにおいて国際法違反の状態を合法化している。そのため、国防軍として活動した際には必ずIMAに直接報告書を出さなければならない。中身の校閲は国防軍には認められておらず、国家機密や特定秘密とならない情報であることを気をつけながらなるべく詳細に書かなければならない。
さらに使用した魔法とその効果、魔法を選んだ意図などを事細かに書くよう求められた。恐らく、IMAも発足して間もないため、この報告書の体裁も何もなく、互いに暗中模索状態なのだ。だから後から色々と注文をつけられることになり、一か月近く経とうとした今になってようやく報告書が受領された。
英語で提出したそれはフランス語版が作成された上でIMAのHPで公開されている。
瀬見は話を聞いて顔を曇らせた。
「ひでぇ話だよな。伊吹のありとあらゆる個人情報をIMAで公開するなんて」
そう、伊吹の身長体重はもちろんのこと、家族構成や過去の来歴などありとあらゆる情報がIMAで公開されていた。これも横浜議定書附属書1Cにおいて、伊吹がいつでも他国の隷下に入って臨時任務ができるようにするためだとされる。
そのため、佐久早たちが伊吹のことを知っているのは不自然ではなく、なんなら世界中で伊吹のことが知られているといっていい。謎に包まれた魔法使いがここまですべてを晒していて、しかもその兵士はたった一人で人類を滅ぼせる唯一の戦略核兵器級魔法使いであるとくれば、世界中のマスコミがIMAで公開された内容をまとめて特集にして報じた。
平和のためのNGOから皮肉にも魔法科兵として活躍することとなった伊吹の経歴も、当然のように人々はテレビなどで目にしているのだ。中には、「もとから人を殺す素質のある人間だった」などというような無責任なコメンテーターも見られ、そういうのを知るたびに、及川や木兎はキレていた。牛島や昼神たちももちろんそうだ。
そして瀬見も、やはりこうした伊吹の置かれた状況を不愉快に感じてくれている。
「…ま、こればっかりはしょうがねっすよ。それで安心すんなら」
「……伊吹がそう言うならいいけどよ。とりあえず眠いなら寝ちまえよ、何かあってもすぐ起きられるだろ、お前なら」
「はい…って、ちょ、」
瀬見はそう言って、おもむろに伊吹を抱き寄せた。すっとひじ掛けを上げて背もたれの間に格納し、伊吹を瀬見の体に倒れこませる。逞しい胸板によって張ったタンクトップにぽす、と顔を埋める形となり、太い腕が伊吹を抱き締める。寒い機内にあって、瀬見の体はとても暖かった。
「な、にしてんすか」
「かわいい伊吹を甘やかしてんだよ」
「いらねっすよ…!」
「いーから。寝ちまえって」
ブランケットを肩までかけて抱き締める瀬見の腕の中は確かに暖かくて心地よく、睡魔が急速に迫る。体重をかけても瀬見はがっしりとした体をぶれさせることもなく、窓側に少し寄りかかることで伊吹の姿勢をなるべく横になるようにしてくれている。
そして頭をゆったりと撫でられる。当然、私服であるためヘルメットをしておらず、瀬見の武骨な手が優しくあやすように髪を撫でつけた。
本当なら遠慮してしまう場面なのにそうする気にならなかったのは、瀬見が天性の兄貴肌であるからだろう。その優しさと包容力は、この人なら甘えてもいいか、と思わせる力がある。
「……マジで寝ますからね」
「ん。おやすみ」
「…ありがとう、ございます」
最後にそれだけ言えた伊吹は、目を閉じて完全に瀬見に体を預ける。そしてすぐに眠りの中に沈んでいった。