第三話: the Monster from Tikrit−4
そうして散発的な戦闘を続けながら巨大な穴を登りきり、一同はようやく地上へ戻ってきた。地上施設はカラフルで小綺麗な建物で、アラビア語には病院とあった。名称までは分からないが、大きさからして総合病院だろう。建物は半壊しており、悲鳴とともに一般市民が出てきていた。街中にはサイレンが鳴り響き、消防や警察の車両が集まってきている。地上は完全に民間利用だったようだ。
伊吹はすぐに出番だと理解して、及川たちを病院の瓦礫の方へ向かわせることにした。
「皆さんあっちへ。巻き込まれたっていう体裁にしてください」
「どうするつもり?」
首をかしげる及川は、特に否定をしない。状況から、これ以上の襲撃が考えにくいと判断したのだろう。どう考えても、地下での人体実験は地上の都市空間では秘密裏になっていたはず。
「警察と合流します。銃を携行したまま移動できるようにってのと、車貸してもらえるように」
「大丈夫なの?」
「国連の腕章はポケットに入ったままだったんで。身分証明はできます」
「分かった、頼むね」
伊吹は頷いて、及川たちが病院の瓦礫の山にまぎれたのを見てから、敷地の外にいる警察車両に向かって走った。私服のアジア人が怪我だらけで走ってくるのを見て、周囲の人々がぎょっとする。アラビア語で口々に何か言っていた。
「私、日本人、国連、PKO」
拙いアラビア語の発音で単語だけを並べ、青地に白でUNと書かれた腕章を見せる。すぐに立場を理解した警察は、やはり拙い英語で返してきてくれた。
「なぜティクリートにいる?国連、アルビールに撤退」
「道を間違えて、南へ、来ていた、日本の国防軍、一緒」
「分かった、案内する」
どうやら警察はグルではないようだ。伊吹は病院の瓦礫の影にいた及川に手を振る。すぐに及川たちもこちらへ駆けてくる。アジア人が珍しいのか、敷地内の人々は誰もが振り返っていた。
そして警察は確かに、ティクリートと言った。見慣れない街だと思っていたが、ここはキルクークから南の主要街道に位置する都市、ティクリートだと分かった。かつて崩壊した独裁政権の指導者の出身地でもあり、彼が暮らした大統領宮殿が有名だ。キルクークからアルビールへの街道から南へ折れればたどり着くため、道を間違えたと言ってもなんとかなる。ただ、ここから南に行くとすぐに首都バグダードであるため、状況は芳しくなかった。戦闘の勃発から三日が経過している、イラク国内の情勢によっては、帰国できない恐れすらある。
警察に連れられて警察署に着くと、状況の説明を受けた。戦況は変わらず、イスラエルによるシリアとイラクへの越境攻撃、イランとトルコによるクルディスタン攻撃、そしてバグダード政府とラマーディー政府の衝突が各地で起きていた。キルクークは戦場と化しており、バグダード周辺はテロも含めて著しく危険な状態だった。ティクリートは小都市であるため平穏だが、アルビールへ向かう街道は封鎖されている。
しかし警察はバグダード政府に要請し、ティグリス川を挟んで東側にある空軍基地からヨルダンへ移送することを決定した。ちょうど外国籍民間人の救出のために、バグダードから逃れてきた人々を乗せようとフランス軍が輸送機を派遣しており、そこに便乗する形である。速やかな手配に感謝しつつ、早速伊吹たちはティクリート東空軍基地へと警察に送ってもらうことになった。
「なんか、あの地下施設のことが夢みたいだね」
車の中、隣に座った及川の言葉にうなずいた。病院は閉鎖されており、大きな穴から中には入れないようになっている。テロとして捜査していると警察は話していたが、警察すら中に入れていないようだった。
窓の外の市街地は平穏で、南から逃れてきた人々で混み合ってはいるものの、慣れたような顔つきだった。実際、慣れているのだろう。