第二話: Волка ноги кормят−1
第二話:
Волка ноги кормят
ウズベキスタン共和国・バクトリア州マザーリシャリーフ。
かつてアフガニスタン・イスラーム共和国のバルフ州の州都だったマザーリシャリーフは、現在ウズベキスタンに併合され、新設されたバクトリア州の州都となっていた。
第三次世界大戦の結果、アフガニスタンは消滅し、民族ごとに領土は分割された。人口の大多数を占めていたパシュトゥーン人居住地域は、旧首都カーブルを含むパシュトゥニスタン共和国となり、南部のバローチ人居住地域はバローチスタン共和国に、西部のアイマーク人とハザーラ人の居住地はイランに、北部はトルクメニスタンとウズベキスタンとタジキスタンにそれぞれ分割併合された。
ウズベキスタンが併合したのは、旧ジューズジャーン州全域と、ファーリヤーブ州、サーレポル州、バルフ州、クンドゥーズ州のそれぞれ一部となっている。また、タジキスタンからハトロン州の南西部を割譲されていた。これらをすべて合わせ、ウズベキスタンには人口400万のバクトリア州が成立することとなった。
その州都であるマザーリシャリーフ市街地の東部には、工場だった大きな建物の廃墟がある。長引いた内戦やテロによって廃墟などこの街に珍しいものではなく、市街地の郊外ともなれば空き地というより荒野に道路だけが引かれて建物が点在しているという光景となる。この点在する建物は人が住んでいたり廃墟だったりと見た目には分からない。
大戦が終わってからというもの、アジアにはこうした死角が吐いて捨てるほどあった。
その廃墟の中、高い天井にあちこちからきつい陽光が差し込む広大な空間に、大量のカバーのかかった荷物が置かれていた。
「ほぁ〜、これが最新の魔法兵器か〜」
金髪にピアス、見るからにチャラい姿をした照島はその荷物をしげしげと眺める。白いTシャツを砂ぼこりで薄汚れさせており、佐久早は近くに立つのを避けているようだった。
それを見ながら、雲南恵介は咳払いをひとつ、白々しく落とした。照島はアホだが空気は読めるため、こちらに視線を戻す。
「お、どうしたよ雲南、生理?」
「…しゃあしい、そげなこと話すために来たわけやねぇ」
「悪ぃなてるしー、こいつアフガン来ちからずーっとイライラしよんの」
空気は読めるが読まないのがこの男だ。雲南は低くストレスに満ちた声で照島に返したが、隣に立つ猯望もまた照島に近いタイプである。雲南の鋭い目線にもどこ吹く風だった。
そんな剣呑な雰囲気は、佐久早が静かに叩ききった。
「すべての魔法兵器の移送が終わった。百沢のトルクメニスタンからカスピ海までの手配が終わったら、このままブハラまで運ぶ」
「こっからブハラまでは俺らで担当するんちゃな?」
猯が聞けば、佐久早は無言で頷く。照島は飄々とした態度から、すっと裏を感じさせる静かな空気を纏った。この男にしては珍しいそれに、雲南も猯も少し驚いた。タイで会ったときはただのチャラい男で、VASNAでの雲南や佐久早・古森のような態度はとらなかったからだ。
しかしそれは百沢にも言えることで、実際に伊吹と出会った者たちの態度が変わったという事実は、より一層雲南に会いたいという感情を掻き立てさせた。
「伊吹のためにも、もっとでかいことしなきゃなんねぇからな。ただの手段でしかなかった深圳事変と香港騒乱、国連と米国のスパイ能力に対する俺らの実力を図るためでしかなかったスワンナプーム空港魔法テロ、そういうレベルじゃねぇでっけーことな」
「…ほんと、お前の変わりよう気持ち悪いな」
「おい!百沢だってそうだったんだろ!」
「お前は変わる前がクソすぎたんだよ」
「佐久早マジ佐久早!誰がカラチからここまで運んだと思ってんだよ、すっげー大変だったんだからな」
「いや、パシュトゥニスタン入っちからはほぼ俺らん手柄やけん」
珍しく冷静な猯のツッコミに、照島はピアスのある舌をぺろっと出した。極めて腹の立つそれに雲南が拳を握ると、照島はさすがに黙った。
佐久早はため息をついてマスクの位置を直す。
「…とにかく。VASNAの存在を世界に知らしめるまであと少しだ。照島と雲南はいいとして、猯も気は抜くなよ」
「分かっちょる。俺は確かに、お前らや雲南みたいに朝倉伊吹を好きっちわけやねぇ。ばってん、生半可な覚悟でここにおらん」
雲南と古い友人である猯、そしてここにはいないが桐生八と臼利満は、第三次世界大戦の北九州空爆で友人や同僚、家族を失った。そのうち、伊吹に助けられた雲南と桐生は並々ならぬ思いでVASNAにいるが、猯と臼利は付き添いのようなものだった。以前までの照島や百沢に近いスタンスだったのである。
しかし今やテロリストとなったVASNAにおいて、もはや伊吹への思いがあるか否かなどは関係ない。成功がなければ、ただの犯罪者として葬られるだけなのだから。
もう、その一線を越えてしまっているのだ。