第二話: Волка ноги кормят−4


伊吹は会議を終えて、寮に帰って自室へ向かうため廊下を歩いていた。訓練の類はすでに終わっているため、一般隊員たちはプライベートの時間となっている。分隊編成は各小隊長の同意を得ており、細かい調整をして本人の許可を得てから、明日以降、編成に関する分隊としての会議の場を持つことになる。
何も今日明日に動き出す話ではないからだ。

一等陸尉としてあてがわれた個室に来ると、扉のポストに投函があるのを確認する。


「…手紙?」


家族は今やいないようなもので、離婚して関係がなくなった父はもちろん、母も実家にいるため、伊吹は特に帰る場所のない自立した大人だ。それでも連絡を取るときはメールをしているため、手紙を出してくるような人物は思い当たらなかった。
しかも国際郵便のようで、扉を開けて中に入ってポストからごちゃごちゃとした封筒を取り出しながら扉を閉める。
よく見ると差し出し住所はウズベキスタンとなっている。ますます分からないが、伊吹はとりあえずキャスター椅子に座って机に封筒を置き、中の手紙を取り出す。封筒を開けて出てきた手紙には、名前が書かれていた。


「……照島」


なんと、差出人は照島だった。封筒には読めない外国人の名前が書かれていたが、手紙には日本語で名前があったのだ。どうやら、本当に照島はスパイのようなことをしてくれているらしい。
これでは伊吹たちが行く必要はないのでは、と思いながら手紙に目を通す。


『やっほー、今日も元気に怪物してる?俺はなんとかスタンにいます。スタン多くてどこスタンが分かんねぇの!つかくっそ暑い!髪黒かったら着火してたわー』

「文字だけでうるせぇな」


きちんと差出をウズベキスタンにしているのだから分からないわけがない。しかも照島はああ見えてもともとタイの駐在員だったわけである。こうやってなんの問題もなく国際郵便を出していることからも、照島はそれなりに優秀なはずだった。


『そんで情報な。香港から持ち出された魔法兵器は、今、シンディスタンからパンジャーブとパシュトゥニスタンを通ってウズベキスタンに保管されてる。これからトルクメニスタンに入るって。そのあとどうなるか知らねぇんだけど、佐久早は百沢がトルクメニスタンとカスピ海で手配してるって言ってたから、カスピ海に出るんだと思うぜ』

「完璧にスタン言えてんじゃねぇか…」


大戦後、スタンの名がつく国は2つ消えて3つ増えたため、数は多くなっている。それなのに正確にこうして書いているのだから、照島はきちんと地理を把握していた。

それにしても、魔法兵器はどうやら海を渡って旧パキスタンと旧アフガニスタンから中央アジアに入っているらしい。いったいそこからどうするつもりなのか。照島も、トルクメニスタンから先は分かっていないようだ。


『VASNAにも諜報役がいてさ、国連のことも把握してる。お前らスパイやるんだってな。さすがに中央アジアまで来るとは思ってねぇから、こっちはあんま警戒してねぇけど、先進国にいるVASNAのメンバーはかなりガード固いぜ。そんで伊吹に伝えたいのは、重要なメンバーの居場所な。俺は東アジア方面担当だったし、指名手配だからあんま情報もらえねぇんだけど、分かってる範囲で拠点と日本人の担当者伝えとくな』


VASNAは一種の宗教団体のようなものだ。つまり、その思想に染まりさえすれば簡単に構成員に成り得る。国連組織にも根を張っているようで、国連における国防軍への諜報依頼のことも伝わっているらしい。これは、こちらのメンバーを国連に報告しない方がいいだろう。


『まず西アジア方面の拠点はイスタンブール支部。深圳支部から佐久早と古森と百沢、バンコク支部からは俺が出向してる状態。そんでイスタンブール支部の幹部には日本人が4人いて、桐生八、臼利満、猯望、雲南恵介って名前だった気がする。漢字自信ねーわ。ちなみにめっちゃ九州っぽい方言喋ってる。大分っつってたかな』

「よく書けたなお前」


合っているかは別として、漢字そのものは間違いない。この4人の出身が大分であるということは、単なる照島のコミュニケーション能力の高さによって得られたものだろうが、ここまで情報を絞ることができれば特定はそこまで難しくないだろう。


『そんで、桐生と臼利はイスタンブールで魔法科兵の養成、古森は香港からの運搬管理、百沢はウズベキスタンからの運搬管理をしてる。シンディスタンからウズベキスタンまでは俺と猯と雲南で手配した。今、佐久早はどこいるか知らねぇけど、百沢はトビリシ、古森はカラチ、雲南と猯はタシュケントに向かうっぽい。魔法兵器はもうトルクメニスタンに入ってるみてぇ。これを使ってヨーロッパででかいテロ起こすらしいけど、具体的なことは俺も知らねーんだわ。あとは自分たちで頑張れよ。じゃあまたな』


手紙の調子こそおちゃらけているものの、得られた情報の多さに伊吹は手紙を机に置いて息をつく。もちろん、照島に対して全幅の信頼を寄せるわけにはいかない。しかし、魔法兵器がすでにVASNAの手に渡っていることは確かで、すでにバンコクでテロが起きている以上、早く済ませられるなら早く済ませたい。

ちょうど明日は分隊での会議があるが、その前に、伊吹は武田にこれを報告することにした。なんの根拠もなしに伊吹がタシュケントなどに行こうと言ったところで賛同は得られないし、照島のことをあまり表に出したくもなかった。


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