第二話: Волка ноги кормят−5
ウズベキスタン共和国・タシュケント特別市セルゲリ地区。
タシュケント国際空港に降り立った伊吹と牛島は、出場前の荷物検査を受けてから建物の外に出た。武骨な建物は飾り気がなく、ガラス扉を抜けて出た外の空気は著しく乾燥していた。太陽光は厳しく、暑さはどこか空気の薄さも感じさせた。
「あっつ……」
「予想の範囲内だろう。イラクの方が暑かったように思うが」
「分かってんすよそんなことは…」
そういう問題ではないのだ。肘で軽く小突けば牛島は「そうか」といつも通り返してくる。
8月3日、日本では戦後最初の盆休みを迎えようとしている時期に、伊吹と牛島はウズベキスタンにやってきた。
伊吹は白生地に写真柄の入ったTシャツと水色の薄手のカーディガン、ベージュのスキニーのチノパンにスニーカーという私服姿で、前回のバンコクでの任務のようにプライベートのようないで立ちだった。牛島も私服だが、まさかのタイトめな迷彩柄カーゴパンツにシンプルなショートカットブーツ、胸元が開いたテーラー型の黒の革製ライダースジャケットという格好だった。その下はダークパープルのTシャツで、前を閉じた革ジャンのV字の襟元からぴったりと胸板に沿うシャツが見えている。落ち着かないと言って、普段使用しているフィンガーレスの革手袋もしているため、体格の良さや顔立ちの精悍さも相まって只者ではない雰囲気を醸し出していた。
羽田でこの姿の牛島を見たときに、驚きで一瞬言葉を失ったものの、正直めちゃくちゃに格好いいと思ってしまう。やはり凛々しい顔立ちと高い身長、鍛えられた体によるものだろう。同じ男としてジェラシーがないわけではないが、牛島のことを頼ってしまいがちな伊吹には羨ましいとはあまり感じられなかった。
「Hey, mister, do you need taxi?(お兄さんたち、タクシー使うかい?)」
そこへ、タクシーの運転手が声をかけてきた。黄色い公式タクシーだ。ウズベキスタンの物価水準からすると法外な高さとなる。この国では基本的に白タクが使われるが、何倍もの値段で空港タクシーは走っている。
面倒なため伊吹が断ろうとしたが、先に牛島が「No, thank you.」とだけ返した。そのまま歩き出したため、伊吹も続いて敷地外へと向かう。ウズベキスタンの空港や鉄道駅は、敷地に入るのに検問を通る必要があり、建物の入り口で荷物検査を受けるようになっている。
検問の小屋を抜けてコンコースに出ると、すぐに白タクの運転手たちが集まってくる。久しぶりの東洋人の顔に勢いがすごい。戦争で疲弊したこの国にこうして東洋人がやってくるのは、観光が盛んになった2010年代と比べて極めて珍しくなった。
煩わしいほどの数に、牛島はついに運転手の男たちを睨みつけた。鋭い眼光は戦争で人を殺したことのある者の目であり、集まってきていた運転手たちは途端に慄いて離れた。服装もあって、まるでカタギには見えなかっただろう。
少し同情しつつ、伊吹は事前に手配していた駐車場に入った。そこには国連で手配してもらった乗用車があり、預かっていた番号と照らしてその車に乗り込んだ。鍵は牛島が持っており、牛島が運転する。左ハンドルのため、伊吹は右側の助手席に座った。太陽光によって車内はサウナ状態で、堪らず窓を互いに開けた。
「…やはり暑いな」
「だからそう言ったじゃねっすか」
イラクのような砂漠の暑さとはまた少し違う。
ウズベキスタンはかつて二重内陸国という、二回国境を越えないと海に出られない生粋の内陸国だった。ウズベキスタンのほかにはリヒテンシュタインしかない。現在、アフガニスタンが割譲されたことでウズベキスタンはイランと国境を接することとなり二重内陸国ではなくなったが、それでも内陸国であることに変わりはなく、大陸中央部であることが原因の空気の薄さと極度に乾燥した熱気が街に満ちていた。
ここ、首都タシュケントも気温は40度前後になるが、夜になると涼しくなる。