第二話: Волка ноги кормят−7
やがて車はミルザ・ウルグベク地区南西部にあるホテルに到着した。この国では最高級クラスの四つ星ホテルだ。高層ホテルは旧ソ連らしい同じ見た目の集合住宅の合間に聳え立つもので、アミール・ティムール広場から放射状に伸びる幹線道路に面して建っている。
駐車場に入って車を止めれば、すぐにポーターがやってきて挨拶をしてくる。
ポーターの男に荷物を渡してエントランスに向かい、チェックインを済ませて14階の部屋に通される。高級ながらところどころ廃れた感じがするのも、やはり旧ソ連の国特有のものだった。どこか共産主義時代の緩さが残るのだ。
部屋は一般的な四つ星ホテルのもので、広い部屋にシングルのベッドが並ぶ。大きな窓は薄汚れているが、外の街並みは均等に整備された集合住宅や公園、道路が見渡せるもので悪くなかった。
ベッドの間にあるサイドテーブルは小さく、古い照明と電話、メモ帳が鎮座する。ベッドの向かいの壁には扉があり、シャワールームとユニット型のトイレ、洗面台がある。
「まぁ…及第点っすかね」
「十分だろう」
「今日はとりあえず休んで明日からっすよね」
「あぁ。疲れたか?」
「まさか」
このくらいのフライトの連続で疲れるようなことはない。今回は羽田を出てからドバイを経由してタシュケントにやってきた。長距離フライトが続いたが、これまでの仕事で世界を飛び回っていたため大したことはなかった。
キャリーケースをベッドのそばに置けば、そのベッドが自然と自分の使う部分となる。牛島はどかりと左側に座り、伊吹は右側のベッドに陣取る。牛島はベッドの間の隙間から腰を下ろしているが、腕を膝について上体を前に屈めている。疲れているわけではなさそうだ。
伊吹はその右隣に腰掛けてみた。体重の違いからか、ベッドはあまり沈み込むことはなく、牛島によって沈んだ分で傾いていることもあって、伊吹はそのまま牛島にもたれる形になる。
牛島は少し驚いたようにしてから、上体を起こして伊吹の肩を抱く。
「どうかしたか?」
その声音には心配の色が見えて、どうやら伊吹に何かあったのかと懸念しているらしい。確かに、こうやってくっつくのは伊吹の心に何かネガティブなことが起きたときだけだった。
「……別に、なんもねっす」
「…そうなのか?」
「はい…なんもねぇけど、こうしてるって言ったら、どう思いますか」
そんなことを聞くつもりだったわけではない伊吹は、つい口から出たその言葉に自分で驚いた。何を言っているんだとすぐに後悔したが、牛島はふっと小さく笑った。
「それは、嬉しく感じるな」
「っ、そーですか」
「そーです」
珍しく口調を真似て冗談めいた言い方をした低い声に不覚にもときめいてしまった伊吹は、牛島の鎖骨あたりに顔をぐりぐりと押しつける。それを見た牛島はくつくつと喉の奥で笑うと、伊吹を抱き寄せたまま後ろに倒れ、ベッドに仰向けになった。
肩を抱かれていたため、伊吹の頭は牛島の右肩の上に乗る形となり、ちらりとその顔を見上げれば、ちょうどこちらを見た切れ長の目とあった。
「嬉しいが、足りないのも事実だな」
「足りない…?」
「遠慮しているだろう、ということだ」
そう言って、牛島は仰向けからこちらに体を横にして伊吹を抱き締める。胸元に抱き込まれる姿勢は、眠れずに添い寝してもらっていたときよりも近いものだった。
「っ、牛島さん…」
「今さら遠慮はいらない」
「…ありがとうございます」
たまに、牛島がどう思って伊吹と接しているのか分からないときがある。
伊吹と牛島の関係は曖昧だ。キルクークやティクリートをともに過ごし、帰国して最もつらかったときからそばにいてもらい、日本本土侵攻で強く支えてもらった。ライプツィヒ攻撃でも、帰国してからも一緒にいてくれた。
精神的な部分で強く牛島に依存していることは自覚している。では牛島は伊吹のことをどう思っているのだろう。北九州爆撃のときにどんな伊吹でも好きだと言ってくれたが、それは好ましく思っているという肯定であって、恋愛的なものだったようには思っていない。
だが今のこの距離はなんなのだろう。
考えても分からないことだが、たまに、伊吹はそれが分からず戸惑ってしまうのだ。