第二話: Волка ноги кормят−8
翌日から、伊吹と牛島は早速諜報活動に入った。
ターゲットは猯と雲南、香港から運ばれた魔法兵器を古森がカラチで受領し、それをシンディスタンからパシュトゥニスタンを経てウズベキスタンに運んだと照島は述べていた。魔法兵器が最終的にどこに行くのか、佐久早はどこにいるのかなど、何かしらの情報を得るためにこの二人を探している。
まずは彼らの足取りを掴む必要があるが、それはこの大都市で虱潰しにやるようなことではない。文明の利器を使うことにしていた。
二人は最寄りのユーヌス・ラジャビィ駅から地下鉄に入る。タシュケントの地下鉄は世界で最も美しい地下鉄とも言われ、ソ連時代から核シェルターを兼ねた施設だった。やがて装飾がされるようになり、各駅に趣向を凝らした装飾がされている。この駅も、通路の柱の上部に美しい装飾がされた照明がつき、同じ装飾の照明が天井からも下がっている。
この駅からユーヌサバット線に乗ってシャフリストン方面に電車に乗る。オンボロのソ連らしい鉄の車体は薄汚れ、轟音を立ててホームに入ってくる。扉はガタガタという音とともに開くが、そもそも電車が完全に止まる前に扉が開いて人々が出てくる。
挾まる危険を避けるための減速などなく思い切り乱暴に閉まる扉を待たずに電車は走り出し、それなりに人で混み合う中で牛島は目立っていた。当然だ、一際背が高い上にターミネーターのような革ジャンを着たいかつい姿をしている。
そうして電車は進み、ミナール駅に着いた。ミナール駅も柱がスマートで大理石風になっており、彫刻めいた壁を見ながら駅を出ればアミール・ティムール通りという幹線道路に出る。ボロボロの車が片側二車線の通りを埋め尽くし、朝の比較的涼しい空気にクラクションが何度も響いていた。
歩道はところどころ舗装が剥がれ歩きにくいが、それなりに歩く人は見かけた。しばらく南に向かって歩いてから左に折れると、まるでスラム街のような壁と低層住宅が並ぶ道に出る。両側にはゴミがたまっていた。しばらくすると、目的のホテルが視界に入った。
目的といっても、昨日のうちに地図から適当に選んだものでしかない。
「いけそうっすね」
「あぁ…建物の前にある車と、路駐の車でいいか」
「…隣の建物の2階にも人がいないのでいけます」
「了解した」
簡単に話してから、二人はホテルから30メートルほどのところで壁に隠れる。そして、牛島がホテルの前に止まったボックスカーと路駐の乗用車、そしてホテルの隣にある3階建ての建物の2階部分に爆轟魔法を展開した。
それらは一斉に爆発し、ガラスが飛び散って爆音が住宅街に反響していく。
途端に、周辺の建物やティムール通りの方から悲鳴がいくつも聞こえてきた。もちろん、ホテルからも慌てて多くの人々が駆け出して来る。口々に巻き舌気味の言葉を何やら叫びながら血相を変えて通りに出るなり、周りを見渡して大通りの方へと走っていく。炎を噴き出す車や煙を上らせる建物を見て、人々はまず間違いなくテロを予期しているだろうし、事実これは一種テロといっても良かった。
しかしこれらの破壊工作も国連からは許可を得ている。所有者には悪いが、これから世界を脅かすものを考えれば我慢して欲しいところだ。こんなものでは済まない深刻なテロが世界を襲うかもしれないのである。
伊吹はホテルを透視し、中にいた全員が逃げ出したのを確認する。
「クリア」
「よし、道路を爆破する」
「お願いします」
牛島はそう言って道路を爆破した。ホテルが面する道をホテルの両側で爆発を起こし、アスファルトが砕けて煙とともに飛び散る。さらに悲鳴が上がり、煙が辺りを包んだ。
その隙に二人はホテルへと走り、中に飛び込む。牛島はホテルの入り口から外を窺い、煙が晴れたり人がやってきたりしないよう、コンスタントに道路を爆破し続けた。立て続けに爆発が起こることで誰もホテルに近づかないだろう。外からはサイレンが響き始めた。
その間に、伊吹は受付のパソコンの前に座った。最初の車の爆発によって窓が割れたのか、ガラス片が床に散っている。
パソコンはつけっぱなしで、USBを差し込む。それは国防軍で作成されたハッキング用のものだ。ウズベキスタンで必要な情報を得るために作られたプログラムが入っており、一瞬にしてパソコンからお目当てのシステムに侵入していく。
ウズベキスタンは他の旧ソ連の国家と同じく、
滞在登録というものがある。この国にやってきた外国人が登録しなければならないもので、ホテルが代行するのが一般的だ。
これをレギストラーツィアといい、ホテルが発行する小さな紙となった登録証明書を持っていないと不法滞在と見なされる。
恐らく、猯と雲南もさすがにレギストラーツィアは登録しているはずだ。彼らはまだ罪を犯していないことになっているため、日本国籍を維持していてもおかしくない。
今、ホテルの端末から逆に国のシステムに侵入して、登録されたレギストラーツィアから猯と雲南を調べているのだ。パソコンの画面には目まぐるしくウィンドウが立ち上がるが、その中の一つが動きを止めた。アルファベットで書かれた「Nozomu Mami」と「Keisuke Unnan」という名前がヒットしていた。
記録を追うと、二人が南部の都市ブハラのホテルからつい3日前にタシュケントにやってきたことが分かる。現在滞在しているホテルも明らかになった。そのホテルで登録されたチェックアウト日は5日後となっている。
「牛島さん、すべてOKです、いきましょう」
「分かった」
牛島は爆破を止めて廊下を進む。伊吹も後に続き、ホテルの裏口から外に出た。そこから敷地を出て、裏の路地を走った。直後、牛島はホテルを爆破した。
今まで一番大きな爆発によって黒煙が青空に立ち上り、悲鳴がまた上がった。この辺りもすでに人々はいなくなっていて、走る二人を目撃した人物もいない。
伊吹は常に透視によって辺りを見ており、人気のない方へと牛島を誘導していく。この町に滞在している日本人は恐らく二人と猯たちくらいだ。目立つわけにはいかない。