第二話: Волка ноги кормят−10
シンディスタン共和国・カラチ首都特別州。
インダス川下流、リヤーリー川とマリール川の三角州に発展した古都カラチは、パキスタン最大の港であった街で、南アジア有数の大都市である。都市圏人口は2000万人以上になる。
旧パキスタンを構成していたシンディスタン、バローチスタン、パンジャーブの三か国は旧パキスタン自由貿易圏FPFTA(Former Pakistan Free Trade Area)を構築し、現在貿易と人の移動は自由化されている。なるべく穏やかに独立するための処置であったが、これによって国境の検閲などあってないようなものだった。
それでも旧パキスタン三か国には極めて重要な問題があり、それこそが今回の諜報任務でもネックになるものである。
天童と松川は、朝から厳しい日差しと、そのわりに涼しい風が海から吹き付ける穏やかな朝の空気を切り裂くクラクションの嵐の中、鉄道駅前のホテルのベランダを開けて埃と排ガスが満ちる空気に顔をしかめた。その日の計画を練りながらリラックスしようとしていたのだが、この空気では体を悪くしそうなため、天童は窓を閉める。
「今日から早速だねェ。どこから攻める?」
「DPFPからでしょ」
天童の言葉に松川は短く返す。「だよねェ」なんて天童は言ってソファーに腰掛け、松川は地図をパソコンに表示させた。
旧パキスタン非核化プログラムDPFP(Denuclearization Program of Former Pakistan)は、核保有国だったパキスタンの核兵器を回収し、三か国の核武装をさせずに、かつテロリストに核兵器が渡らないようするための国連のプログラムだった。パキスタン崩壊時に、その核弾頭がイランの手に渡りテルアビブを焦土としたことが、第三次世界大戦拡大への決定打となったのだ。その過ちを繰り返さないようにするため、常任理事国となったインドをはじめ、周辺国や米国、EUの力で旧パキスタン地域での核施設の破壊と核弾頭の回収を急いでいた。
旧パキスタンから核兵器が流出するのを防ぐことは極めて重要な急務であったことから、DPFPは国連南アジア停戦監視団UNSOATSとともに国境検問を重武装しており、国際港であるカラチも輸出入ともに非常に警戒されている。
そんな状況であるにも関わらず魔法兵器をカラチに運び込んだということは、DPFPが意図的に貨物を見逃した可能性が高くなる。
「にしても、伊吹は本当に優秀だねェ」
「それな。一発でDPFPの可能性に思い至るあたり、やっぱりあの年齢でPKOに参加してただけある」
最初にDPFPが関与している可能性を指摘したのは伊吹だった。これだけの厳戒態勢でカラチから魔法兵器を運び入れるなど無謀だ、それにも関わらずカラチを利用したのなら、DPFPがそれに関わっている可能性は高くなる。
「ウズベキスタンに運ぶときにはUNCAUTSとUNSOATSの国境検問がグルになってるってことも伊吹が予想してたしね。確定情報を得るのに不可欠な天童をここに派遣したのは、確実に古森から共犯者を洗い出させて、国連の中でそいつらに関係している人間を集中的に警戒するためだろうな」
「本人はああいう感じだけど、やっぱ大尉として人を率いるの、結構向いてんじゃない?」
「俺もそう思う」
この雑多な大都市で確実な手を打てるのは、ひとえに伊吹の的確な采配によるものだ。褒められるどうしたらいいか分からなくなって困ってしまう可愛い年下の上官のためにも、松川と天童はなるべく早く確実な情報を報告できるよう、部屋の扉へと向かった。