第二話: Волка ноги кормят−11


トルコ共和国・イスタンブール市ファティ区。


アジアと欧州を繋ぐイスタンブールにおいて、ファティ区は欧州側にある地区にして最も古い歴史地区であり、世界遺産に指定され、おおよそイスタンブールらしいもののすべてが詰まっていた。
巨大なドームと尖塔の並ぶアヤソフィアとスルタンアフメトモスク、巨大な公園に広がるトプカプ宮殿、古代都市時代の城壁や地下宮殿など、長い歴史を積み重ねてきたこの街の中心だ。今は世界有数の観光地として多くの観光客で賑わう。

第三次世界大戦においては、近郊の市街地にイスラエルからのミサイル攻撃が着弾したことはあったものの、旧市街は完全にその姿を保っている。
そのため今ではすっかり元のカオスな街に戻っていた。
長い歴史の中で様々な建築様式が花開き、古代ローマ時代の遺跡から欧州風の建物、ギリシア建築、キリスト教会に始まり、オリエントのレンガ造りやモスク建築、ムスリム様式などその建物のバリエーションは街から統一感という言葉をまったくもってなくしている。集まる人々もトルコ人だけでなく、中東の難民や黒人、白人、アジア人様々おり、人の多さに酔ってしまいそうなほどだった。

そんな歴史地区の雑多な街の中を、昼神は侑とともに人を避けながら歩いていた。
気温は30度にはなっていないものの、日差しを遮るのではないかというほどの噎せ返る湿気が暑さを不快なものにしていた。東京とよく似た気候だ。
飲食店の並ぶ路地を抜けて、観光の起点となる開けた大通りに出る。


「あ、ちょうど来るで」


隣の金髪は、目的のトラム駅に接近する欧州式のスマートな見た目のトラムを見つけて声を出す。トラムT1のスルタンアフメト駅に向かって二人は小走りになり、車や自転車に気をつけながら道路を渡って駅に着き、ICカードを通してホームに入った。
駅といってもバス停のようなものだが、一応改札があるのだ。

トラムに滑り込めば、すぐにトラムは緩やかに発進する。歴史的な街を右手にトプカプ宮殿を見ながら進み、やがてエミニョニュ地区へと入っていく。


「いやぁ、にしてもホンマあっついなぁ」

「そう?東京と同じじゃん。あと香港も大概暑かったよ」

「比べてもええことないで。暑いモンは暑いんや」

「はいはい」


比較的Secretには年上組が多いのだが、侑と昼神は分隊活動経験があるため一つ上の代との任務ではない。それは気楽で、二人も緩い気分で臨んでいた。
もちろん警戒はしている。ここはVASNAの西アジアにおける本拠地だ。国防軍としてスパイをしていることを決してバレるわけにはいかない。それでも重要な情報を得なければならなかった。

昨日伊吹たちに報告した通り、二人は日本人会をあたり、それとなく聞き込みを行った。いくら直接戦闘していないとはいえ元敵国だ、まだこの街に定住する日本人は多くない。そのため、二人は最近赴任してきた体裁で日本人会にコンタクトを取って、どんな人がいるのかと聞いたのだ。
侑は「東京の人ばっかなんです〜?」と人なつっこい笑顔で聞いていたが、それによって大分出身の四人という情報を得ることができた。これは事前に武田から降りてきていた情報と合致する。
昼神も持ち前の柔和な笑顔と物腰で聞き込みと思わせない自然な疑問の範囲内で質問を行い、四人の大分出身の人物のうち二人が一時的に出張していることを掴んだ。猯と雲南で間違いないだろう。残る二人が桐生と臼利だ。日本人会のメンバーもこの四人についてはほとんど知らないらしく、名前もみんなおぼろげだった。関わろうとしていないようだ。
昼神はダメ元で「皆さんやっぱり新市街の方に住んでるんですか?」という聞き方で例外を聞きだそうとしたが、なんと見事に大分の者たちがベイオール区に住んでいるという話を聞いたことがあるという情報を得た。クリティカルに情報を得られたことでついニッコリとしてしまった昼神である。

もしこの中に他のVASNAのメンバーがいても怪しまれないよう、質問はそこで終えて、二人は桐生と臼利の捜索を開始した。

二人は早速、ベイオール区での透視を行うために日本人会と会っていたスルタンアフメト地区のレストランからトラムに乗ってベイオール区へと向かっているところだ。
トラムは欧州風の建物の間を縫うように進んでから、観光名所であるガラタ橋を渡っていく。長い橋を渡り終えたところの駅で二人は降りて、ベイオール区南端にあたるカラキョイ地区に降り立った。


「うはぁ、すごい人混みやなぁ」


侑は辟易とした声を出した。多くの人で賑わう橋のたもとは、小高い丘となった北側に向かって傾斜する街並みを見上げる雑多な場所で、広場には多くの路面商がおり、ひっきりなしに車が道路を駆け抜け、橋の下のレストランやガラタ塔のある丘の上から多くの人々が移動していた。


「これは時間かかりそうだ…いったんホテルとって、しばらくベイオール区を虱潰しに透視するしかないね」

「えー、しんどぃ…まぁしゃーないかぁ…」


この地区に住んでいることは分かっているのだ、ホテルをとってそこから時間をかけて探すほかないだろう。順調と言えば順調だが、気が遠くなりそうだ。


「せめて伊吹がおったらなぁ」

「とか言って、ずっと伊吹と同じ部屋に泊まったら絶対手ぇ出すでしょ」

「そら君もやろ」

「別に俺はそうしないなんて言ってないし」


今回のメンバー編成は伊吹が割り振ったものだが、幸運というか、伊吹は危ない選択をしたと思う。自分の気持ちに自覚がない上に理性の鬼である牛島と一緒だからまだいいが、これで侑や昼神と同じだったらどうなっていたか。まぁチャンスはいくらでもあるか、と昼神はとりあえず近くのホテルを適当に探すべく歩き出した。


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