第二話: Волка ноги кормят−12
ジョージア国・トビリシ首都圏地域。
かつてグルジアと呼ばれたこの国は、ロシアとの険悪な関係からこのロシア語発音の国名をしないよう各国に要請し、今では英語発音であるジョージアが正式な発音となっている。
首都であるトビリシはクラ川に沿って広がる人口100万人ほどの都市で、蛇行する川の南側にはナリカラ砦という4世紀の建築がそびえている。
木葉と月島は、そのナリカラ砦に向かって南へと傾斜する住宅街を歩いていた。このあたりの道は幅数メートルの路地のようなものばかりで、住宅がところせましと並ぶこの地区を無秩序に走っていた。おかげで日陰が多く、からりと乾燥しているとはいえ気温が30度を超えるこの日差しによる暑さは多少マシだった。
「やっぱ暑いモンは暑いな〜」
「そうですね。まぁ、カラチやイスタンブールに派遣されなかっただけマシです。伊吹さんらしい采配ですけど」
「伊吹に感謝だな〜」
隣を歩く木葉は軽く笑いながらも、周囲の住宅を素早く見渡している。警戒ではなく、単に監視カメラを探しているのだ。
この街には、ウズベキスタンに運ばれた魔法兵器をトルクメニスタン領内で移動させた百沢が潜伏している。ただ、百沢の特徴的な長身をもってしても一国の首都から1人を探すというのは苦労する。月島はそれでもこれが最善だったと思うし、それを素早く提案した伊吹が単純にすごいと思っている。
「透視持ちは情報が少ない大都市であるイスタンブールとタシュケントに送って、大都市だけど情報があるカラチには洗脳持ちの天童さんを送ることで円滑にする。よくもまぁ、こんなことをすぐに思いつきますよね」
「それな」
Secretは諜報活動分隊でありながら、可視化魔法による透視ができるのは侑と伊吹だけである。人の捜索において透視魔法ほど効率的なことはないが、それを行うのは都市の規模が大きく情報が少ない場所の方がいい。そこで、伊吹と牛島はタシュケントに、侑と昼神はイスタンブールにいる。
カラチは大都市だが、伊吹の見立てでDPFPが関与しているということから、狙って情報を収集できるため洗脳魔法を使える天童と人心掌握に優れた松川が派遣された。
トビリシはこの4都市の中では小都市であり、百沢がすでに指名手配となって行動が制限されることからある程度虱潰しに近い捜索ができる。とはいえ、そのために伊吹は別途手配してくれた。
「伊吹が用意したこのプログラム、マジで秒で解析終わるもんな」
伊吹は出国までに国防軍の情報技術部門にプログラムを作成させ、トビリシの監視カメラを自動でハッキングして自動でAI解析することで百沢を見つけ出せるようにしていた。このプログラムを入れた小型PCをもって街を歩き回るだけで、百沢がそこを通ったかが分かる。
これによって、月島たちは百沢がこのナリカラ砦近くのゲストハウスから北側に向かって進んでいることを突き止めており、複雑な路地を歩きながら少しずつ北へと向かっていた。
月島が顔を上げれば、路地は大きく前方に向かって下っていき、道に面する住宅の2階や3階からはバルコニーや出窓が突き出ていた。
この黒海とカスピ海に挟まれたカフカス地方は、こうした出窓やバルコニーが道の頭上に大きくせり出すような建築様式が多い。そしてその間に、ジョージアや隣国アルメニアに特徴的な正多角形の教会が無数に点在している。ジョージア正教会という、キリスト教東方正教会の一派だ。東の隣国アゼルバイジャンや南の隣国トルコはイスラームの国であるため、ここはまさに宗教の境界線である。それもあってジョージアはEU加盟を切望しており、まだEUではないのにこの先にあるメテヒ橋の北側にはヨーロッパ広場なるものがあり、EUの旗がたなびいている。この広場からナリカラ砦に向かって大きなロープウェイがあり、住宅街の頭上をロープウェイが進む不思議な光景となっている。
ちょうど、この路地を進めばメテヒ橋の南側に出る。
さらにその先の市街地の先には、巨大な至聖三者大聖堂が見えている。正多角形の塔がある集中堂式の教会で、高さは数十メートル、巨大すぎて高層ビルのように街並みの向こうに見えていた。
「にしてもあれだな、月島は伊吹と一緒が良かったんじゃね?」
「…なんでですか」
「だってお前伊吹のこと大好きじゃん」
「なっ、やめてください…!」
「え〜?二言目には伊吹さんって言うしさぁ」
「…っ、」
月島は図星を突かれて黙り込む。木葉はケラケラと笑っており気にしていないが、月島は気恥ずかしくて嫌になる。
しかし、函館でこそきつく当たってしまい避けられていたものの、パリの戦い以降はそれなりにコミュニケーションがとれるようになり、その不器用でもまっすぐな誠実さと優しさに惹かれているのは事実だったため、珍しく月島はそれ以上の否定をしなかった。
少しでも伊吹に対して良い報告ができるよう成果を上げられれば、なんて考えてしまう自分が、月島はどうしても不快に思えなかった。