第三話: Qutadğu Bilig−2
翌日、交代で朝食を食べて引き続き監視しているときだった。
場所をホテルの部屋から駐車場の自分たちの車の中に移して、扉を開けて風を通すことで暑さをしのぎながら辻向のホテルのエントランスを監視していた。
時刻は午前10時を回り、この街のラッシュアワーを過ぎているためか少し落ち着いた街の喧騒の中で、窓から見ていた牛島が「伊吹」と鋭い声を上げた。
「日本人らしき男二人が出てきた」
「透視します」
伊吹はすぐに透視を行った。エントランスに注目すると、案の定、猯と雲南が出てきていた。相変わらず背が高い。二人は駐車場に向かい、乗用車に乗り込む。
「ターゲットです。車に乗りました。ナンバーはG807AP、白の乗用車っすね。ナビします」
「任せた」
伊吹と牛島も扉を閉じると、窓は開けたままエンジンをかけた。伊吹は目を閉じて俯瞰状態になり、見失わないように自分の位置と照らして眺める。この状態で見失うことなどまずない。魔法科兵がいるとはそういうことだ。
「前の通りをシャフリサブス通りへ向かいます。曲がれますか」
「…いける」
牛島が少し左右を見て止まったのは、このミラーバード通りが片側四車線の大きな通りだからだ。そこを車が途切れずに走る。信号などないため、切れ目を狙うのが難しいのだ。しかも、いきなり反対車線に出るとなると難易度は高い。
迂闊に無理してクラクションを鳴らされると警戒されるかもしれなかった。
しかしラッシュアワーを過ぎたためか、交通量は落ち着いていて、猯たちがホテルから通りに出た瞬間に牛島も車を通りに走らせた。ちょうど車の流れが途切れたところで、接近する車は多くあったが距離的にクラクションを鳴らすようなレベルではない。
そうして、中央分離帯の切れ目から車は反対車線に乗り込んだ。
「さすがっすね」
「キルクークはもっと無秩序だっただろう」
「確かに」
PKO時代にキルクークで伊吹の送迎をしてくれていた牛島は、最初はイラクの大都市の大通りがいかに無秩序であるか、その洗礼を受けていた。しかしすぐにそれにも順応していたが。
伊吹たちを乗せた車もミラーバード通りを走り、数十メートル先を走る猯たちの車を追いかける。四車線に分かれているものの、どの車もそれを無視して適当に空いているところを走っていた。おかげで追い抜くのも楽だ。
「シャフリサブス通りを左に行きます」
「承知した」
正面には同じく片側四車線のシャフリサブス通りとのラウンド交差点が見えている。円を描くように走る車の列の中に猯たちが入り、まず右折をスルー、直進することもなかったため、左折と判断した。
すぐに伊吹たちの車も同じように交差点に入り、左折するために円の四分の三を走る。
相変わらず刺すような日差しで、外はひどく乾燥している。しかし今日は気温自体はさほど高くないようだった。朝のため、初夏のような気温に感じる。
「…次、アイベク通りを右折します」
「まさか、タシュケント駅が目的か?」
「可能性はあるんじゃねっすか。どっか行くとも思えねっすけど」
道を進むと、今度は片側三車線のアイベク通りと交差する。普通の交差点であるそこを、猯たちの車は右折していく。その先はタシュケント駅、国鉄と地下鉄によるターミナルである。
ブハラやサマルカンドなど大都市に繋がる高速鉄道はこの駅から出る。東京駅のようなものだ。
同じ形の建物を道の両脇に見ながら、猯たちに続いてアイベク通りへと右折する。左右対称でデザインも一緒、そんな集合住宅が延々と続く街並みはまさにソ連式の計画都市のものだ。
アイベク通りはだんだんと左に向かってカーブしていく。その先にはタシュケント駅があり、猯たちの車は建物右手の駐車スペースのような場所に入っていった。
「やっぱ駅の敷地入りました。建物右手、白タク並んでるとこに入って停車」
「近くに止める」
「…大丈夫です」
すぐに車から二人が出たのを確認して、伊吹は同じように車列に加わることを許可する。車はすぐにカーブを終えてトルキスタン通りに入った。この通りは駅が面する大通りで、右側五車線、左側四車線という代物だ。これでもなお渋滞するのだからスケールの違いに驚く。五車線の通りに入り、そしてすぐに敷地内へと入った。
そして運転手たちがタバコを吸ってたむろする白タクのスペースに入りエンジンを落とす。
運転手たちは、助手席から出た伊吹を見てじろじろと視線を寄越すが、運転席から出た牛島を見て視線をそらした。やはり、黒い革ジャンの袖をめくって筋と血管の浮かぶ腕が見えているような屈強な男は怖いらしい。
伊吹は瞬きとともに主観透視となる。猯たちを探すと、左手にある公園の中に見つけた。
「こっちです」
伊吹はカーディガンの袖を捲りながら公園を指さした。この公園は駅の前庭となっていて、九車線のトルキスタン通りと同じくらいの幅がある。この公園の駅舎側の端は柵によって塞がれており、駅舎への入り口があるエントランスへはこの柵の途中に設置された検問所を通って行かなければならない。この検問所はチケットを持っていないと通れないため、チケット売り場は別の建物にある。