第三話: Qutadğu Bilig−3


二人は猯たちに気づかれないよう、距離を取って公園内を進んだ。まっすぐな道が駅舎に並行に公園の中央を貫いており、そこを植物たちに囲まれながら歩いて行く。


「ターゲットは右手の階段から地下に降ります」

「走るか」

「いえ、階段がそこそこ長いので走る必要はねっす。早歩きで」


早歩きと言いつつ、牛島の足が長く速すぎて伊吹は小走りになった。そのためすぐに階段に到着する。この階段は地下鉄タシュケント駅へ繋がるものであると同時に、信号がないこのトルキスタン通りを反対側に向かうための地下通路の入り口でもあった。この辺りに何カ所かこのような階段がある。
長い階段を降りて地下通路へと降りていく。雨漏りがあるのか、ところどころ階段は濡れていた。人が少なく、大通りからの車の走行音が聞こえにくくなってくると急に静かに感じられた。


「暗いな」

「そっすね…」


階段を降りたときから思っていたが、降りきって地下通路に出るとその暗さに驚いた。光源の蛍光灯は弱々しく、この階段の反対側にある別の階段に地上から差し込む光が最も強い光源となっている。
しかし通路は非常に広く、どうやら公園の下はすべて地下空間となっているらしい。いわば9車線分の幅がある地下空間といったところか。
青いコンクリートの柱が空間の中央に一定の間隔で並び、壁は無骨なコンクリートで、蛍光灯の弱い光が雨漏りの水たまりに反射している。ところどころ歩いている人が数人おり、通路の先にはさらに地下鉄へと続く階段があった。

柱の列の中程で、猯と雲南は地元住民らしい男たち5人と合流していた。暗がりの中、小声で何やら喋っている。人種が混じり合うこの国では、猯たちの背の高さこそ目立つが日本人であるということは誰にも分からず、通路にいる数人もちらりとしか見なかった。
しかし猯と雲南はきちんと周囲を警戒している。

伊吹と牛島はすぐに中央の柱の列の一本に隠れた。細い柱では二人が並ぶことはできないため、なんと牛島は伊吹を後ろから抱き締めて柱に背中をつけた。さすがにこれは目立つ、と思って伊吹は声を上げようとしたが、察した牛島は大きな手のひらで伊吹の口元を覆う。フィンガーレスの革手袋に包まれてくぐもった声しか出せないが、抗議の色は伝わったのか、牛島は小声で「我慢しろ」と言ってくる。
後ろから抱き締める腕は伊吹の肩と腰を抱くようにしており、右手が伊吹の口元を隠している。背中に革ジャン越しに触れる逞しい上体とは身長差がありすぎて、牛島が伊吹の耳元に口を寄せるために少し体を屈めていた。
そして、耳に直接低い声が注がれる。


「可視化魔法で座標を特定して脳震盪を起こせるか」

「ッ、」


その低い声にぞくぞくと首筋を何かが駆け抜けて、思わずぎゅっと晒された牛島の太い腕を掴んでしまう。口を覆われていなければ変な声が出ていたかもしれない。必死に頷いて可能だと示すと、牛島は「どうかしたか」とトンチンカンなことを聞いてくる。
殴りたい気持ちは山々だが、任務の方が優先のため、伊吹は端末を取り出して文字を打ち込み後ろに見せる。


『全員?』

「あぁ。ターゲットが弾いたらすぐ戦闘だ」

『防御いないのにですか』

「市民は数人だ、恐らく逃げおおせる」


周りを見渡すと、確かに広大な空間にはほとんど人影がない。いても地上への階段や地下鉄入口付近にいるため、戦闘になればすぐに逃げられるだろう。
ふと、伊吹は気づいて端末にもう一度文字を打ち込む。


『つか、もう口押さえる必要ないですよね』

「む、そうだな」


そう言って牛島は手を離した。イラッとしつつ、伊吹は主観透視によって猯たちを見ようと首をそらして後ろを見る。それが牛島の鎖骨あたりに顔をすり寄せるようになってしまったためか、牛島は伊吹の頭をそっと撫で付けた。ここまでずれたことをされると怒りも沸かず、伊吹は牛島の指示通り、ターゲットを含む7人に可視化衝撃魔法を展開した。
途端に、地元住民5人は脳震盪を起こして崩れ落ちたが、猯と雲南はやはりシールド兵器によって弾かれた。それによって二人はすぐに攻撃の気配を悟る。


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