第三話: Qutadğu Bilig−4


伊吹は速やかに右を指先で示して体を離した。牛島も理解して左側に出て行く。二人は柱の両側から飛び出して、通路を猯たちに向かって走り出した。

その瞬間、雲南はこちらに向けて銃弾を放った。ハンドガンのようだが連射しているため、グロック18Cあたりだろうか。
突然の銃声と、銃弾がコンクリートに当たる鋭い音が響いたため、人々は悲鳴を上げて走り出した。案の定、すぐに通路にいた市民は地下鉄や地上への階段に入る。
すると、その階段すべてを塞ぐ黒い壁が現れ、一気に通路内に差し込む光の量が減った。暗闇が増して猯と雲南の姿もおぼろげになる。


「閉じ込めたのか…?」


敵の意図が分からず訝しむが、まずは情報を吐かせるためにも気絶させたいところだ。
牛島と二人、通路を走って猯と雲南に接近する。牛島は破砕魔法によって柱を破壊して二人に吹き飛ばす。しかし二人揃って孤立空間魔法によって壁を築きそれを防いだ。向こうは自動展開シールドと自身の孤立空間魔法があるが、こちらはシールドだけである。
とはいえこちらも今までと同じではない。

伊吹は光電子魔法によるレーザー光線を二人に放った。暗くてどちらが猯か雲南か分からないが、光線の光によって照らされた二人が一瞬見える。しかしすぐに二人はシールド兵器による壁に隠された。
その瞬間を狙って、伊吹と牛島はそれぞれシールド兵器に魔力を注ぎ込んだ。

これまで、シールド兵器は魔力の流れが外側からは見えないため魔力の逆流を狙えなかったが、パリの戦いのモンマルトル攻防戦において敵の大隊長から回収したシールド兵器によって、ロシア製のそれがどんなものか明らかになった。また、中華連邦も深圳事変によって魔法兵器が流出した責任から、国連に対して魔法兵器の仕組みなどを公開した。それによって、シールド兵器の構造がロシア製も中国製もはっきりと解明されることとなり、魔力の逆流を狙うことができるようになった。

事前に訓練した通り、黒い壁が展開されている端の部分から、展開部のちょうど中央となる位置を判断し、そこに魔力を注ぎ込む。
途端に、魔力が逆流したことで兵器はショートして破壊され、黒い壁が消えた。


「なっ、こん兵器ぶっ壊すっちどんな魔力量しちょんの!?」


壁が消えたときにはすでに伊吹はすぐ近くまで接近しており、壁がなくなった瞬間にその顔もはっきりと視認できた。明るい髪色で髪を脳天にまとめるように立たせている190センチはあろうかという男、猯だ。
その横では、同じようにシールドのなくなった雲南を蹴り飛ばす牛島が見えた。雲南は咄嗟に腕で受け止めていたが、弾かれて猯に向かって飛ばされる。猯は慌ててそれを受け止めたが、二人揃って床に倒れた。その隙に伊吹は二人に脳震盪を起こそうと魔法を展開しようとしたが、こちらを見上げた雲南が息を飲んで固まったのを見て動きを止めた。


「…朝倉伊吹……っ!」


そして、そのマッシュヘアから覗く瞳が見開かれた。呆然と名前が呟かれたが、IMAで情報が公開されている以上気づかれることは不自然ではない。
それなのに、あまりに呆然として言うものだから、伊吹は「だからなんだ」と聞き返していた。
すぐに気絶させない伊吹に、牛島は怪訝な顔をする。
雲南は猯に倒れ込んだまま、その端正な顔を唐突にゆがませた。


「やっと…やっと会えた……」

「…?お前、ひょっとして、」


目元に涙を浮かべる雲南を見た瞬間、伊吹はその顔を見るのが初めてではないことに気づいた。まだ1年と経っていない、日本本土侵攻の日。


「ッ、覚えちょっちくれたんか…!」

「北九州空爆んときに、和布刈神社にいたヤツだよな」

「ん、一瞬やったけん、覚えちょらんち思っちょった…」

「え、雲南、マジでこん人が伊吹なん…?」

「伊吹、知人だったのか」

「いや、知人てほどじゃねっすけど…」


ただ有名人に会っただけ、という雰囲気ではないことからそう尋ねた牛島に、伊吹はそんな曖昧な返事しかできなかった。当然だ、雲南とはほんの数分しか話していないし、そもそも名前すら知らなかった。それでも、会ったのは事実だった。

ひたすら耐えるように揺らぐその深い瞳が、印象に残っていたのだ。


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