第三話: Qutadğu Bilig−5


9ヶ月前、大分県別府市。


雲南は別府市内の自宅でテレビに釘付けになっていた。広い一軒家のリビング、大きなテレビは両親の自慢のもので、高画質な画面には崩落した関門海峡大橋が映っていた。画面は西へと動き、カメラには煙がいくつか上る門司区、そして海の向こうには煙に包まれた下関と、さらに西には黒煙と炎がちらちらと見える小倉・戸畑区方面が映し出される。
中国による事実上の宣戦布告から一夜明けた今日、突如として北九州市と下関での激しい空爆が行われ、函館では軍艦による海上封鎖が始まっていた。矢継ぎ早に情報が緊張したアナウンサーに読み上げられ、画面の左側には大きく「国民保護情報」と題字が出ている。下部には避難先の情報が、上部には攻撃を受ける市街地の情報が、そして画面内にもひっきりなしに警報音とともに空襲警報が出ていた。

もうとっくに世界では戦争が始まっていたのに、まるでたった今戦争が始まったかのようだった。

そんな雲南は自宅に一人でいたのだが、固定電話に知らぬ番号から着信があった。慌てて取ると、低い男性の声が聞こえてくる。後ろからはサイレンの音やざわめきが聞こえていた。


「はい、雲南ですが」

『もしもし、こちら国防空軍の北九州緊急派遣部隊です。崩落した関門海峡大橋から落下した車の引き上げを行っています。ダイバーが発見した車のナンバーから登録情報を照会しお電話しました』

「え……それっち要は、うちの車が海ん中で見つかったっちゅう話ですか」

『はい、車内から高齢の男女と50代くらいの男女が合わせて4人見つかったと報告を受けています』

「………今、どうなっちょんのですか」

『まだ車も4人も海の中で、機材の準備ができてから引き上げとなります。お医者様の診断はありませんが、恐らく心肺停止だと』

「……すぐ行きます、どちらですか」

『引き上げ先はすべて和布刈神社です。まだ空爆は終わっていないかもしれないので、こちらにいらっしゃるときには警察の指示に従ってください』

「はい……」


呆然とした面持ちのまま受話器を切った。

大学から東京にいて東京で働いていた雲南は、第三次世界大戦によるシルクロードショックの時点で仕事を失っており、地元の別府に帰省していた。両親は山口市内に住んでいる母方の祖父母を心配して、別府のこの家で一緒に暮らすため迎えに行っていたのだ。
まさか、ちょうど関門海峡大橋を走行中に空爆に巻き込まれたということか。いや、そうなのだろう。

捜索している国防軍から連絡があったということは、ナンバーから別府市内在住であること、たとえ別府からでも門司区には2時間近くかかることから事前に連絡したのだと考えられる。

国防軍から告げられたナンバーも、車内で見つかった4人の情報も、すべて一致する。それでも直接この目で確かめるまでは認めるわけにはいかない。頭が霞がかったように白くなってしまって何も考えられず、テレビの中の光景が同じ日本であるどころか100キロほど離れただけの場所であることすら信じられなかった。


すぐに雲南はスマホで別の人物に電話をかける。情報を常に見ていたのだろう、すぐに電話に出た。


『もしもし、雲南か?しゃあねぇな?』


少し焦ったような声をしているのは猯だ。大丈夫か、と聞いてきたのは、猯が今日まさに東京から地元の別府に向かっているからだ。
猯とは同じ高校を出た同級生で、揃って大学は東京だった。同業他社に勤めて営業職に就いていたため、高校時代から互いを部活でライバル視していたが、上京してからも変わらずライバルのような友人だった。
世界大戦が急に極東にも及んだことでついに猯の会社も倒産し、今日、東京から地元に帰るべく新幹線に乗っていたはずだ。後ろでは新幹線の走行音がする。飛行機はとれなかったそうだ。
先に雲南が別府の地元に戻っていたためか、北九州という東京から見れば近い場所での空爆に、つい大丈夫かと聞いてしまったのだろう。さすがにこちらに被害はないことは分かっているはずだ。雲南はそれには答えず、目的を口にした。


「…車、貸しちくれん?」

『車?なしかね?』


いきなり車を貸して欲しいと言われた猯は疑問符を浮かべている。この状況だ、何に使うのかと思うだろう。


「……さっき、軍から連絡があった。うちの車、関門海峡大橋が攻撃されたときに橋ん上におったっち言うちょった」

『え…』

「親とじいちゃんとばあちゃん乗せちょったらしい。ちょうど今日、山口ん実家に迎え行っちょったけん、多分、間違いねぇ」

『……分かった、好きに使え。気ィ強く持つんちゃ、ええな、一人やねぇけん』

「ん…ありがとな」

『礼は直接聞いちゃるけん、しんけん気ぃつけて行けちゃ』


いつもと変わらないトーンだが、猯は普段おちゃらけた性格なのに唐突にこうして欲しい言葉をくれる。絶対に言ってやることはないが、猯のそういうところは長所だと雲南は思っている。


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