第三話: Qutadğu Bilig−9
「こんばんは、素敵な場所用意してもらっちゃってすみません」
にっこりとして言ったウェーブがかった髪型の優男だが、その目は笑っていない。雲南と似ていると内心で思った。
その横にいる金髪とツーブロの男もまた顔が良く、スパイはやはり見た目麗しくないとできないのだな、と感心してしまう。
「人はおらへんけど戦えばバレる。うまいこと誘い出してくれよったんですねぇ」
「八さんは最強やけん、戦わんでもええんちゃ」
「…桐生八、臼利満。まだなんの容疑もあらへんけど……何が目的や、テロリスト」
ニコニコとしていた金髪の関西弁は、最後に低くこちらを睨み付けた。さすが、函館やパリを数時間で解放し、深圳事変や香港騒乱を解決させただけある。歴戦の兵士らしい殺気だった。
テロリストという言葉の重み、自国の軍隊から追われる立場、それらが桐生の心を強く圧迫した。気を抜けば声が震えそうになるのを必死で抑えながら、桐生は口を開いた。
「素直に教えるわけねぇやろ」
「へぇ、じゃあなんでこんなとこ呼んだわけ」
それに対して、今度はウェーブした髪型の優男の方が返した。こちらは標準語だ。臼利は警戒しながらも、桐生に基本的には任せるために言葉を発さない。
「こっちがお前らん目的聞くためちゃ、朝倉伊吹を苦しめるようなところで活動しちょんのはなしか」
「…なんでここで伊吹が出てくんの?知り合い?」
「聞いちょるのは俺やけん、はよ答えろ」
誘い出されていると分かって出てきたのだ、周辺の歴史遺産への破壊行為を行われないよう孤立空間魔法を使えるはずだ。しかし戦闘を起こしたときに不利になるのは国防軍側だ、優男は少し考えるとため息をついて答えた。
「伊吹が望んでるから。それだけ」
「ちゅーか、勝手に伊吹のため言うて活動しとるヤツおるっぽいけど、なんでお前らが伊吹の望んどること分かんねん。伊吹はテロリストの助けなんて必要としてへん」
「それは伊吹自身が気づいちょらんだけや、こんな世界守る価値ねぇって。やけん、既存秩序壊しち目ぇ冷ましちゃるんちゃ」
桐生がVASNAにいる理由、それは、伊吹なら世界で苦しんでいる人々を救えると桐生が信じているからだった。
***
桐生は伊吹と一瞬だけ会ったことがある。9ヶ月前、北九州爆撃のときだ。
別府の高校を出た桐生は、その折に家族とともに北九州に引っ越しており、北九州市内で消防士になった。門司区の消防署で働きながら平穏な日々を過ごしていたが、それは突如として崩れ去った。
小倉北区で空爆が始まり、桐生は応援のため小倉北区に入ったが、それから少しして門司区でも空爆が始まった。慌てて戻ったが、渋滞した道路に阻まれ到着は遅れ、すでに多くの犠牲が出ていた。空軍が空から応援を派遣していたため、救助活動そのものは始まっていたものの、地獄と化した見慣れた街並みで桐生が発見したのは遺体ばかりだった。
生存者はほとんどおらず、火災を消し止めてもまた爆撃が起きる。
通報が集中してパンク状態の上から、門司区北部、門司港駅周辺からの通報に基づいて指示を受けて向かったときにはすでに遅く、崩れ落ちたマンションの瓦礫に押しつぶされた車から遺体を通報した遺族に引き渡すことしかできなかった。
遺体は若い男性で、遺族はその母親だった。来年就職する予定ということで、母親はプレゼントするための鞄を買いに小倉駅前に出ていたそうだ。その帰りがけに空爆が起きて、急いで戻ってきたところで門司港駅前の空爆が発生。迎えに来ていた息子の車は破壊されたマンションの瓦礫に押しつぶされた。
「なんで!!なんでもっとはよぉ来てくれんかったとね!?」と泣き叫びながら、母親は鞄の入った紙袋を肩にかけたまま桐生の胸板を叩いた。拳でのそれは痛かったが、それよりも、息子の名前を叫んで、埃で真っ白になった肌に赤い血がべっとりとついた遺体に縋り付く姿に、泣き叫ぶその悲痛な声に、桐生の心はまるでズタズタに引き裂かれたかのように痛んだ。
消防士になってから、市内で火災が起きたニュースが流れる度に心配して連絡してくる自分の母親が重なった。突然の民間人居住区を狙った無差別爆撃という異常事態で、消防士がどうしようもなかったことを理解している冷静な野次馬たちの、泣き叫ぶ遺族への哀れみと桐生たちへの同情の目線。きっとこの母親も含め、誰もが本気で桐生を責めているわけではなくて、何もかもがどうしようもないこの状況で、やるせない同情を向けるのだ。
しょうがない、よくやっている、戦争なのだから、そういう同情の視線が、一番桐生の心を抉ったのだ。助けられなくて当然なのだから自分を責めるなというその無言の声が。