第三話: Qutadğu Bilig−10
その後、また通報を受けて近くの小学校に向かった。爆撃を受けて校舎の一部が崩落した場所で、一度救助と捜索が終わったはずの場所だった。混乱した状況では誰が行方不明かも分からず、親すら連絡が取れない中で本当に全員が見つかったとは分からないのは確かだった。
急いで向かえば、連絡通り、国防陸軍の兵士が二人いて、背の高い方が少女を抱きかかえていた。桐生より少し背の高い屈強な男と、その横で硬い表情をしている背の低い綺麗な顔立ちの男。紺色の迷彩服は所属が分からず、胸元には連合軍籍を示すオリーブの葉の紋章と「特殊兵科連隊」という文字が見えていた。
背の低い方の男は、廃墟となった校舎を指さした。少女を受け取った桐生はその先を見遣る。
「まだ4人、瓦礫の下にいます。もう亡くなっていますが…俺たち素人では綺麗に出してあげられないかもしれないんで、代わりに頼みます」
せめて綺麗に出してあげたい、そう願った綺麗な顔に、桐生は少し呆けてしまった。あまりに純粋なその言葉に、凄惨な街の中で、それが一抹の希望にすら見えてしまったからだ。
それが伊吹だった。
後に魔法なるものの存在が公表され、あのとき伊吹たちが少女を見つけることができた理由が分かった。函館をほぼ無傷で解放したという驚きの成果も知った。
さらに、伊吹たちはパリの戦いでも犠牲者はおろか歴史的な街への被害を最小限に抑えて市街地の解放に成功しており、そのときの話をパリで伊吹に助けられたという日本人に聞いた。
高校時代の級友、雲南の取引先に務めていたという男は大将優と言って、駐在先のパリで伊吹に助けられてからVASNAに加入し、パリ支部と東京支部を兼任している。
雲南をVASNAに誘ったのが大将であり、雲南に続いて猯も加入していた。桐生も誘われて入ったが、大戦が終結してIMAに伊吹の情報が公開されると、あのとき小学校で出会った人物だったと分かった。
ライプツィヒを吹き飛ばすほどの絶対的魔力量、驚くほど精緻な魔法の使い方、そうした魔法兵としての実力もさることながら、もともと平和のために活動していたという実績。さらに、雲南や大将、さらに佐久早の話も聞くうちに、伊吹がいかに優しく強い人間なのかを知った。
桐生は、伊吹ならすべての人間を救えると確信した。これだけの魔法戦闘での実績を上げて、たった一人、戦略核兵器級の魔法科兵として知られるようになった力があって、さらに優しい心がある。ライプツィヒを一撃で吹き飛ばした力を持ちながら、遺体を綺麗に出すことができないからと頼んできた誠実さもあるのだ、きっと伊吹なら、世界で身勝手な権力者のせいで苦しんでいる人々を、罪もないのに危険に晒される市民を助けることができる。
そんな伊吹のために働きたい、そう桐生は思うようになって、VASNAに加わった。
臼利は戸畑区のコンビナートで働いていた高校時代の後輩で、仕事も家も失って困っていたところを頼られていたが、臼利は近くで桐生の様子を見ていたからか、心配してVASNAに加わってくれた。その魔法の精度は極めて高く、桐生も頼りにしている。
こうしてイスタンブール支部に派遣されても、臼利は文句の一つも言わずに桐生とともにVASNAの魔法科兵の育成に取り組んでいた。
ディジュラ=ワルフラート連邦共和国の旧シリア地域であるオロンテス州の州都ラタキアには、かつてトルコが建設した魔法科兵の施設があり、VASNAはそれを秘密裏に制圧して魔法科兵を増やしていた。また、同じくディジュラ=ワルフラート連邦共和国の西アッシリア州・州都デリゾールとジョージアの首都トビリシにある研究所でも魔法科兵が生み出されており、適正があって無事に魔法科兵になれた兵士はすべてイスタンブールで訓練を受けていた。
桐生と臼利はラタキアで、猯と雲南はデリゾールで魔法科兵となった。
そうしたテロリストの一部がバンコクでテロを起こしたのだが、犠牲となった人々の報道を見て、桐生はこれでいいのか、と自問しないわけではなかった。しかし、それもこれもすべて伊吹を苦しめ人々を虐げる既存の世界秩序が悪いのだ。そう自分に言い聞かせながら、必死に桐生はこの街での活動を続けている。