第三話: Qutadğu Bilig−16


夜、各都市との会議の前に、伊吹は武田に雲南たちのことを報告した。照島と似たような理由でスパイ活動をしてもらうことを判断したと告げると、さすがに「誰でもかれでもとはいかないと、分かってるとは思いますが立場上言っておきますよ」と念を押された。その上で照島同様に結果を逐一報告することを約束した。
牛島とこのことで衝突したとも話したが、それについては個人の問題だとして、司令部からの指示としては伊吹に任せるという旨を伝えるよう言われた。

それを牛島に言えば牛島はまだむっとしていたが、今回はとりあえず司令部の意向に従うとして、雲南たちを見逃すことにしていた。

雲南と猯から今日得られた情報も合わせて伝えていたが、武田は特に込み入った返事をしなかった。「精査が必要です」と言っていたものの、あまり予想の範囲を超えるようなものでもなかったようだ。

やがて定例会議の時刻となり、回線を繋ぐと、今日もそれぞれの都市から全員が無事に繋がった。こっそりそれに毎日安心している。彼らがへまをこくとも思っていないが、離れている分、心配になるのは当然だと思う。


「揃いましたね。じゃあ報告します。タシュケントでは本日、雲南恵介と猯望にコンタクトを取り軽く戦闘しました。結果、いろいろあって二人には国防軍、つか俺のスパイになってもらいました」


照島はともかく雲南と猯のことは言ってもいいと言われたため素直に報告すれば、やはり各都市から驚きの声が聞こえてくる。また誑かしたのか、という松川の言葉は不本意だ。


「両名からは取り急ぎ、VASNAの組織について、魔法兵器のトルクメニスタンから先の行き先、佐久早、古森、百沢、照島の簡単な素性について聞き出しました。内容については後ほどにして、先に一通り報告を聞きます」

『了解。カラチでは俺と天童で古森に繋がる人物を洗い出した。国連の内通者も把握済み。古森はバローチスタンからイランに逃げられたみたいでもうカラチにはいなかったんだけど、古森に協力してたDPFPとUNSOATSのスタッフから情報は得た』

『お、なんか今日は全員いい感じ?トビリシでは俺と月島で百沢の潜伏先の特定に成功、トビリシにあるっていう研究機関で間違いないと思う』

『俺たちはちょっと詰みました』


さくさくと報告が進む中、昼神はいつも通りの口調でそう言った。まさかの報告に全員ぎょっとする。


「何かあったのか、怪我は」

『怪我とかはないよ〜、そういう心配すぐしてくれる伊吹マジ癒やし』

「で?」


早く報告しろという伊吹の短い圧力はきっちりと伝わったようで、昼神は「はいはい」と報告モードに切り替わる。最初からそうすればよいものを。


『多分、こっちの魔力を感知する兵器持ってたんだと思う。こっちのことバレててさ、市内の公園でさっき会敵したところ。大した情報得られなかったし、顔も割れたから限界かなぁ』

「魔力探知機の存在は大戦中から議論されてた。不思議ではねぇな。とりあえず詳細の報告に移りましょう。まず魔法兵器のトルクメニスタンから先の目的地っすけど、アゼルバイジャンの首都バクーです。すでにバクー市内に到着している可能性が高いとのことでした」

『バクーか…』


松川の声が落ちる。アゼルバイジャンはトルクメニスタンからカスピ海を挟んで対岸にある国で、ジョージアの隣国だ。恐らく、トルクメニスタンのカスピ海最大の港であるトルクメンバシから海を渡ってバクーに運ばれたのだろう。


『…待てよ、ひょっとして……』

「?木葉さん、どうかしたんすか」

『俺らがトビリシで見つけた研究所、ある企業の研究所を装ってたんだよ。月島、』

『今僕も思い至ったので調べました。間違いないと思います』


トビリシの画面には木葉の横に月島も移った。少しだけ日焼けしたかもしれないが、木葉も月島も日焼けしにくいそうだ。
月島は眼鏡を直してから、自身のPCの画面を見つめて調べたことを告げる。


『トビリシの研究所は、CST、Caspian Sea Tradingという貿易会社の研究所として作られたもので、実際は魔法科学の研究を行って魔法科兵を増やすための施設でした。CSTの本社はバクーです』

「なるほどな、CSTという企業を隠れ蓑にして国際輸送を実現したってことか。月島、欧州に拠点はあるか」

『はい、CST GmbHがドイツのドレスデンにあります』


伊吹は別窓でバクー発欧州行きのフライトを調べていたが、週に一回ミュンヘンとの定期便があると分かった。ドイツに運ばれるとみて間違いないだろう。


「ちょうどバクーからミュンヘンに向かうフライトがある、次は空路でドイツってのが自然だな」


すると今度はカラチから松川が「そういえば」と情報を続けた。


『昨日の夜、ベッドご一緒したレディが言ってたけど、古森はどうやら8月10日までに絶対ヨーロッパに着くようにしてたって。今のところは特に情報公開されてないけど、天童が洗脳した別のUNSOATSのスタッフいわく、近々首脳会議があるかもって。電撃開催っていうの?バンコクの魔法テロ受けて急遽予定調整してるらしいよ』


松川が一晩を過ごした女性や、さらに別の人物までも補足する情報をくれていたようだ。緊急の首脳会議が計画されていること、8月10日という具体的な数字。もともと国連には内通者がいたという事実。古森たちは恐らく、首脳会議が欧州で開かれることを予期しており、少なくとも10日以降だと掴んでいたのだろう。
今度は昼神がイスタンブールの画面の中で口を開く。


『そういや、桐生も「次は人を選ぶ」って言ってたな。バンコクみたいな無差別なテロや香港みたいな騒乱じゃなくて、殺す相手を特定してるっぽかった』

「首脳会議が狙われるってのが濃いか。あとは国連を揺するだけだな」


猯たちがタシュケント駅で会っていた5人もドイツに行く予定だったらしい。もともとタシュケントから欧州への国際線はミュンヘンだけだったため気にしていなかったが、どうやら魔法兵器もドイツに向かう可能性が高くなってきた。
ここまで分かれば、あとは国連に働きかけるだけだ。すでにカラチでの松川と天童の情報によって国連内部の内通者は分かっている。それに首脳会議には日本の首相も向かうだろう。ならば、各国の首脳クラスにおけるやりとりを日本を通じてコントロールするだけだ。


「テロが起こるかもしれねぇから中止、なんてことにしたら、情報抜かれてることに向こうが気づく。その前に追い詰めてぇから、悪いが各国首脳には囮になってもらうしかねぇな」

『やば』


伊吹の言葉に天童や木葉の笑い声が聞こえてくる。松川や昼神もニヤニヤとしていた。少しぶっ飛んだ言葉だったかもしれないが、しかし最も効率的だった。
政治家は代わりが利く、一人二人変わったところで問題ないだろう。


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