第三話: Qutadğu Bilig−17
アゼルバイジャン共和国・バクー市サバイル区。
「火の国」を意味するアゼルバイジャン共和国の首都であるバクーは、「風の街」という意味を持つとされる。
カスピ海や季節風の関係で強い風が吹くこの街はその名に違わず風を感じる場所であり、そして油田を有するために大量の石油がとれるまさに炎の大地である。8月であってもそこまでの暑さにならないこの街において、サバイル区北東部、市街地中心部に位置する地下鉄サヒール駅近くのホテルに、伊吹をはじめSecretのメンバーが揃っていた。
カラチにもう古森がいないこと、イスタンブールで昼神たちの顔が割れたこと、そしてタシュケントとトビリシでも最低限の目標を達成したことで、一同はいったん中間地点でもあり重要な場所であると分かったバクーに集合した。
石油がとれる上に、イランと同じ十二イマーム派のシーア派であるこの国はイスラームのイメージが強いが、実はこの国のイスラームはトルコのような世俗的なものであるため、女性はほとんどヒジャーブをつけない。もともと旧ソ連では宗教が禁じられていたこともある。
税金のない典型的な産油国であるこの国は、極めて親日的な国の一つであり、隣国を差し置いて日本国籍であればアライバルビザを無料で取得することができる。基本的にこの国のアライバルビザは20ドルから30ドルほどである。
そのため集合するのは難しいことではなく、大戦によってすっかり東洋人が来なくなったために目立つことはあったものの、すんなりとこうしてホテルに集合している。
ここにきて最初にすることは、武田・烏養との会議だ。二人一部屋のため、これまでと同じ二人組で宿泊しており、伊吹と牛島の部屋に全員集まっていた。
『皆さん無事にバクー市内に着いたようですね。体調などに問題はありませんか?』
「大丈夫です」
隊長として代表して答えると、壁に投影した画面に富士駐屯地の武田の笑顔が映った。隣の烏養もほっとしている。なんだかんだ気にかけられているのがくすぐったかった。
『ではさっそく状況の整理から行いましょう』
武田はそう切り出して、今の状況とすでに獲得した情報について整理を始めた。
まずVASNAという組織について。
すでに米国シャーロットを本部とする国際的な組織であること、魔法を絶対的に信奉する一種の宗教団体のようなものであることは分かっていた。その上で、タシュケントにおいて雲南と猯は組織の実態について話した。
魔法至上主義団体であるため、その魔法の使い手として最も優れている伊吹に対して個人的な崇拝をする者が存在する。もともとはそうした者たちの集まりだったそうだ。魔法、および唯一の戦略核兵器級魔法科兵である伊吹への信仰にも似た崇拝はVASNAの原動力だったが、大戦末期には少しずつ変質し始めた。
雲南たちが加入したのはこの時期だが、この頃には失業者や単なる魔法への憧れを持つ人間など様々な立場の者たちが集まっており、日本支部に至っては絶大な軍事力としての魔法を手にした日本の国力を礼賛する極右団体のような位置づけになっていた。
『設立当初の朝倉君への個人的崇拝は、ティクリートを消滅させるという鮮烈な出現によるものでした。恐らくはイラク国内にいた米軍やその関係者が最初でしょう。次第にそれは、連合軍内部でティクリートの一件を知ることになった者たちにも広がっていき、やがてそれは米国で組織化されました。しかし次第に、朝倉君を直接知った上でそうした感情を持つ者たちが現れた』
伊吹としては気味の悪いことこの上ない話だ。与り知らぬところで崇められるのは不気味である。勝手にしろとは思うが、気味悪いのは確かだった。
「それが佐久早、古森、百沢、雲南、桐生やったっちゅーわけか。こっわ」
侑が言うとおり、その直接知った上で崇拝感情を持つ者たちというのが、一連の事件に関わっている容疑者たちだった。
これも雲南と猯の情報であるが、佐久早と古森はかつて伊吹に助けられたことがあるらしい。伊吹は記憶にないし細かいことは雲南たちも知らない。
そして雲南は話していた通りであり、猯も桐生が近い感情を抱いていたと教えてくれた。臼利と猯は付き添いのようなものだという。
百沢と照島はもともとは金のためだったようだが、伊吹と出会ったことで態度を変えた。百沢は米国のサンノゼで働いていたものの、VASNAにさらに高い金を積まれて深圳事変に関わり、そこで伊吹と出会った。照島はバンコクの駐在員で、職を失って困窮していたところを、他の日本人とともに佐久早の指示で組織化してスワンナプーム国際空港の魔法テロを引き起こした。