第三話: Qutadğu Bilig−18
VASNAの目的は、魔法が世界に広く普及し、そして魔法使いの頂点たる伊吹のために新しい世界の秩序を築き上げること。それがどんなものかは分からない。しかしVASNAには既存の世界の枠組みで落ちこぼれてしまった人々がその不満をぶつけるはけ口や居場所として加わった者たちもおり、そうした者たちにとっても既存世界の破壊は魅力的であるため、VASNAは組織として巨大化できている。
人数で言えば、大半は社会や世界への不満を持つか失業してどうしようもないかのどちらかだった。
『そんな中、西アジアの本拠地であるイスタンブール支部では、ディジュラ=ワルフラート連邦共和国のラタキアとデリゾール、ジョージアのトビリシで魔法使いを量産し、その訓練を行っていました。訓練は桐生八と臼利満の役目でした。トビリシのCST研究所では百沢が潜伏し、カラチで古森が受け取った魔法兵器を雲南・猯がトルクメニスタン国境まで運び、トルクメニスタンからバクーまで百沢が運びました。バクーCST本社から今度はドイツの子会社であるCST GmbHに魔法兵器は運ばれている可能性が高い状況です』
『もともとこうした動きには国連停戦監視団のアジア担当である4つの組織、そして旧パキスタン非核化プログラムDPFPが関わっていて、それに気づいた4つの停戦監視団が連名で諜報活動を依頼したわけだな』
烏養も加わって、雲南たちの仕事とこの任務そのものの依頼理由まで整理される。蓋を開けてみればもっと深刻なレベルで情報が漏れていた。
「国連の内通者によって、緊急首脳会議が欧州で予定されていることを掴んだVASNAはテロを計画、バクーから兵器をドイツに運んだ。そして今、俺たちは次の手立てを検討中ってわけっすね」
『そういうことになります』
それにしても、VASNAはとんでもない組織だ。もとはイラクで伊吹の力を目の当たりにして、魔法と伊吹個人を崇拝する者たちの組織から、世界大戦によって蓄積された歪みが組織の拡大をもたらした。そして大戦中に伊吹が関わった日本人もこれに加わって大きな役割を果たしている。
VASNAのメンバーは、清风技術公司、重慶政府、大義集團それぞれに関与して裏から手引きし深圳事変と香港騒乱を引き起こして、魔法兵器を強奪。
それを、国連停戦監視団のうち、極東を担当するUNFEATS、東南アジアを担当するUNSEATS、そして南アジアを担当するUNSOATSに潜んでいたメンバーが香港からカラチまで船で運び、カラチでは旧パキスタン非核化プログラムDPFPにいるメンバーが受領を手引きした。これら一連の流れを古森が指揮していた。
一方で照島は佐久早の指示で国際社会の諜報能力に対してVASNAがどこまで立ち回れるか計るためにバンコクでのテロを引き起こして、魔法兵科でなければ魔法使いによるテロを防ぐ手立てが主要国にないことを確信した。
その後、カラチからシンディスタン共和国に入った魔法兵器は雲南と猯の手引きでパシュトゥニスタンを通過し、UNSOATSと中央アジア停戦監視団のUNCAUTSが国境を通してウズベキスタンに進み、トルクメニスタンからアゼルバイジャンまでは百沢が手配した。
国連上層部にいるVASNAのメンバーは、バンコクの魔法テロを受けて検討されていた首脳会議の情報をキャッチして、古森たちはそれに間に合うようバクーからドイツへと魔法兵器を運んだ。
『そして朝倉君の作戦は、日本政府を通して首脳会談の日時と場所を決めることで待ち伏せし、各国首脳を囮に欧州のVASNAの勢力を放逐するということですね』
「まぁ、そっすね。いずれにしてもテロは起きます。遅かれ早かれ起きるなら、情報が分かってるうちに起きてもらう方がいい。いつ起こるか分からない状態を維持するわけにはいかねっすから。犠牲を少なくするにはってだけで、恐らく、この規模でのテロとなれば犠牲は避けられないと思います」
『そうですね、合理的だと思います。これだけ多くの兵器が奪われ、相当数の魔法使いがテロリストとしてすでに欧州に渡っているはずですから、テロになれば必ず甚大な被害が出ます。一番マシなのは、事前に日時と場所を指定した状態というのはその通りです』
『伊吹が提案した通り、日本政府から各国首脳に日時と場所を提案してる。8月13日、ベルリンだな』
「はい。いけそっすか」
『恐らくな。特に米国と英国は日本に何を依頼しているか分かってる。意図があると読めるだろ』
「囮にさせられたと分かった各国首脳に頭下げる人には申し訳ねえっすね」
『気にしないでください。こちらでできることはこちらでやります。引き続き、Secretの皆さんにはバクー市内でのCSTの調査、および準備が整い次第ベルリンへの移動をお願いします』
「了解」
通信が終わり会議はお開きとなる。ふう、と全員がなぜか息をついて、月島がカーテンを開いて部屋を明るくした。
すると侑はいきなり、座っていたベッドに立ち上がっていた伊吹を引きずり込むように引っ張ってきた。ベッドに倒れ込んで侑に抱き締められる。
「伊吹〜!」
「っ、おいなにすんだ!」
「え〜?やってナチュラルに俺らがテロの迎撃することになっとるや〜ん。伊吹成分補給しておかな」
「キモ…」
確かに、スパイの延長としてテロを迎え撃つのもSecretの任務となって負担が増した。こういう事態を見越して、牛島のような火力担当がいるのだが、しんどいものはしんどいだろう。気持ちの悪い言い方をしたことを罵倒しつつも抵抗しないでおいてやれば、さらに天童が「俺もォ〜」と言って倒れ込んできて伊吹と侑にのしかかってくる。
伊吹はさっと天童の下から抜け出して侑にすべての体重をかけさせた。それにまたぎゃあぎゃあと喚き、一気に騒がしくなった。
「はぁ…ほら、CSTにカチ込む編成決めますよ」
そう言えばぴたりと騒ぎは収まって、全員が任務用の面持ちに変わる。そういうところはさすがだと思った。