第三話: Qutadğu Bilig−19
その夜、Secretのメンバーはホテルから東に見えている高層ビルまで来ていた。
ガラス張りで、南北方向に膨らむような形をしたビルだ。ポート・バクー・サウスタワーという。
このビルの一角にCSTの本社がある。最初にビルに入るのは伊吹と月島、侑、天童の4人で、何かあれば他のメンバーも入ることになっていた。
平日の夜であるため、ほとんど人はおらず、窓の明かりも少ない。この状態でビルに侵入して情報を盗み出すのは、本来なら骨が折れるだろう。しかし、だからこそ伊吹たちの力が生かせる。
まず伊吹が光電子魔法によってビルの監視カメラをすべてショートさせる。直後、エントランスに入って天童が洗脳によって警備員に扉を開けさせる。
入ってしまえばこちらのものだ。平然としてあたかもこのビルに最初からいたかのように歩く。ビルに不審者が入れるということそのものをあり得ないと判断している内部の警備員は、監視カメラの異常を何とかしようと慌ててはいるが、ビル内にいる日本人を特段どうしようという気配は見せなかった。
外からの侵入はない、という思い込みによって、伊吹たちはこのビルの住民となるのである。
あとはCSTのフロアにエレベーターで上り、すれ違う者すべてを天童が洗脳させていく。といってもこの時間となるとほとんど人はおらず、数人の残業している従業員がいるだけだ。こうして、フロアにいるすべての人間を洗脳させてしまえば、もう伊吹たちを怪しむ者など誰もいない。監視カメラも動かず、完全に合法的に、伊吹たちは情報を盗み出せるのだ。
お洒落なパーティションで区切られたデスクが並ぶフロア、ガラスの向こうにはカスピ海が暗闇となって見えており、眼下の街並みは眩く光っている。
そのデスクの一つで、月島は「ちょうど良かった」と書類を一枚手に取る。
「これを探してください。
AWBって言います。恐らく魔法兵器は通常の航空貨物として運ばれたはずなので、残ってるはずなんです」
「了解した」
「りょーかい」
AWBは航空貨物運送状のことで、運ばれる貨物の情報や運賃などが書かれている。旅客の航空券の貨物版だ。
伊吹と侑は透視によってフロア内から同様の書類を探していく。案外片付いているようで、数カ所にまとめて置いてあるようだった。侑と天童、伊吹でそれを手分けして回収しに行き、伊吹が一番最初に戻ってきた。侑と天童は離れたブロックの棚を開けている。
「これでいいか」
「合ってます」
月島はすぐに書類をめくり始める。それを近くで待っていると、おもむろに月島は小声になった。
「…牛島さんと何かありました?」
「え、」
「よそよそしい気がして」
「…よく分かったな。ちょっと、タシュケントで言い合いになってさ」
なんと月島に、牛島と少し気まずくなっていることを指摘された。この分隊には聡い人物がたくさんいるため、まさか月島に指摘されるとは思わなかった。
「僕しか気づいてないと思いますよ、まだ。でも、昼神さんと宮侑さんには言わない方がいいと思います」
「なんで?」
ピンポイントで名指しされた二人に理由が分からず首をかしげると、月島は呆れたようにため息をついた。なんで分からないんだとでも言いたげだ。伊吹は返答を待ったが、月島は肩をすくめた。
「ご自分のために、とだけ言っておきます」
伊吹はなおも食い下がりたかったが、そこに侑と天童も戻ってきたため言うのをやめた。仕方なく、書類を手渡す侑に通路を開けた。
月島は何事もなかったかのように侑から書類を受け取り目を通していく。伊吹は諦めてそれを見守った。
「月島君詳しいんやねぇ」
「前の職場でロジ部門の管理をしてたことがあるんです。…あぁ、やっぱ日付近いとすぐ分かりますね、これです」
月島はざっと書類をバサバサと確認して、目当てのものを見つけ出した。伊吹たちはそれを覗き込むが、何が書いてあるか分からなかった。英語なのだが、略語が多く、また雑多な書面は慣れていないとどこに何が書いてあるか分からないだろう。
どうやら社名や行き先、重量、積み出し地などの情報で特定したらしい。その道のプロでもこの速さで書類を見つけるのは難しそうなレイアウトをしているように思える。
「慣れればむしろ必要なものがどこにあるか分かって便利ですよ。…
HAWBもありますね、間違いないです。最終目的地はハレ、ドイツ東部のドレスデン付近にある街です。貨物の集積地があります」
航空会社が貨物を受託するとき、バラバラの貨物を受託することもあるのだが、複数の貨物を1件の貨物として預かることもある。
旅客でも、友人と別々に航空券を取ることもあれば1人が全員分予約することもあるのと同じだ。
そうしたまとまった貨物の運送状を
MAWB、その中でまとめられた個々の貨物の詳細な運送状をHAWBという。
「持ってくか?その書類」
「そうですね、現地での輸送手段のヒントになるんで持って行かせてもらいましょう」
月島は平然と書類を折りたたんで懐にしまった。図太くなったものだ。
こうしてSecretは難なく目的の書類を得ることに成功したのだが、伊吹は月島に聞けなかったことが消化不良だ。エントランスを抜けて牛島たちと合流し、平然とビルを後にしてホテルへと歩いて向かうが、迂闊なことをすると月島の忠告に反して昼神たちにバレてしまいそうだったため、あえて伊吹は侑たちと他愛ない話に興じるほかなかった。