第四話: Gott ist tot−1
第四話:
Gott ist tot
フランス共和国・パリ18区。
18区と9区の境界線となっているクリシー通りは、中央に街路樹のある片側二車線の大通りだが、この通りに面したムーラン・ルージュ周辺はカオスな下町という様子を呈していた。ムーラン・ルージュ自体がキャバレーというナイトクラブであることもあり、観光地といえどこの周辺の地域には性的なサービスを提供する店や性玩具店などが建ち並んでいる。
ただ、性に開放的なお国柄もあってか、あまりそういう地区であるということへの嫌悪感をともなって見られることもなく、日本のラブホテル街ほど敬遠されることはなかった。
しかし第三次世界大戦におけるパリの戦いによって、18区は壊滅的な被害を受けた。
モンマルトルには敵軍の本体が立てこもっており、パリ東駅からモンマルトルにかけての18区の市街地は激しい戦闘となった。
また、モンマルトルから麓のアベス駅付近にかけての比較的小綺麗な下町エリアも被害を受けている。
最もひどいのがアベス駅からムーラン・ルージュにかけての18区南西部で、クリシー通り、ウドン通り、アベス通り、コーランクール通りに囲まれた地区全体がほぼ更地になっている。ムーラン・ルージュは全壊し、瓦礫の山となったこの地区の向こうにはサクレ=クール寺院が見えるようになっていた。それほどまでに徹底的に吹き飛ばされてしまったのである。
破壊されたこの地区は汚い下町といえ、特に装飾もない建物と貧困層や移民向けの小さな小売店、ランドリー、スーパー、そしてドラッグと性的な店が並んでいた。それもあって、ムーラン・ルージュは復元のための工事が始まっているが、この地域をどうやって復興させるか議論がされていた。
当然、ここをお洒落で近代的なトレンドの発信地とするような再開発計画も持ち上がったが、一方で、性的なサービスをする店が行き場を失ってしまうことは別の地域での治安悪化を招いてしまう恐れがあることから、そういったゾーニングという考えのしっかりした欧州らしく、やはり戦前のようなカオスを取り戻そうという動きが優勢である。
とにもかくにも、そういった議論によってこの地区の復興は進んでいない。
そんな更地と瓦礫に覆われた地区を見渡せる、ルピック通りとコショワ通りの交差する角家の1階にあるカフェで、沼井和馬はコーヒーを飲んでいた。
ここから少しクリシー通りに進んだところに、再建中のムーラン・ルージュがある。いち早くムーラン・ルージュ近くで土地を再取得して建てられた、パリらしく飾られた窓や花置きのある建物に早速オープンしたこのカフェは、周りが瓦礫の山となって工事中の業者ばかりが出入りするような空間であることもあって人が少ない。しかし周辺の騒音が常に満ちていた。
黒いコーヒーの水面には舞い上がり続ける埃が落ちてきている。それをミルクでごまかして混ぜた。これで5ユーロだ。
重機と瓦礫の向こうに威容を誇る白亜の大聖堂。それを眺めながら啜る埃混じりのコーヒー。これがパリの今だ。正確には18区の現状だった。
ここで待ち合わせるとはセンスがない、と思いつつ、やってきた二人組に沼井は手を上げた。
「よっ。こんなとこ呼び出すとかそれでもパリ駐在かよ」
「元な。つかお前にはパリは似合わねぇだろ」
やってきたのは大将優と広尾倖児、揃って大戦前からパリの駐在員だった。沼井と同じテーブルに座りながら、二人ともコーヒーを注文する。夏とはいえ、乾いたパリは涼しく感じる日もあるほどだ。湿度と高温の東京より遙かに涼しい。しかし暑がりの沼井はタンクトップ姿だった。
一方の広尾はテーラードジャケットをシンプルに着こなしているし、大将はシャツに同系色のストールを巻いている。その気取らないお洒落さは確かに長いパリの生活によるものだと思える。
沼井だって暮らしているのはドレスデンだ。もともとドイツ駐在の父と幼い頃からインゴルシュタットに住んでいた帰国子女で、東京の大学を出てからはドイツで就職していた。自動車会社のドレスデンでの営業をしている。