第四話: Gott ist tot−2
大将はもともと化粧品メーカー、広尾はアパレルメーカーの駐在員だったが、戦後は仕事を辞めていた。沼井もまっさきに首を切られて失業していたため、本当はこうしてパリに来るのも大変だったのだ、マシな場所で待ち合わせとしてもらいたかったところだ。
「…Montmartre Grim Reaper」
すると、テーブルにウェイターがコーヒーを置いて去ってから、大将はサクレ=クール寺院を見てそう呟いた。フランス語の流麗な発音で囁かれたのは、「モンマルトルの死神」という異名だ。
あのパリの戦いで、大将と広尾は朝倉伊吹とその魔法を目撃した。
「サクレ=クールの中からあの複雑な光電子魔法を見たとき、その祈るような姿勢と圧倒的な力に、神が降りてきたんだと思った」
大将と広尾が口を揃えて言うその話は沼井も何度も聞かされた。モンパルナス方面に逃げていた人々が撮影した動画も話題になった。
まるでサクレ=クール寺院に翼が生えたかのような巨大な幾何学模様の魔法は、その後敵軍を全滅させた。敵を死へと誘うそのぞっとするほど美しい魔法の麓には、まるで祈るような姿勢で魔法を展開する伊吹がおり、それを寺院に逃げていた大将と広尾は目撃していたのだ。
「お前も同じだろ。象徴ってのは、そういうもんだ」
大将の切れ長の目がすっとこちらを捉える。ため息をついて、沼井は頷いた。
沼井もほぼ同じ理由で、この二人と同じVASNAにいる。ライプツィヒに敵軍の大勢力が集結する中、その直前に大規模な侵攻を受けたドレスデンは大きな被害が出ており、沼井も必死の思いで脱出した。
なんとかドレスデンを逃れパーテンシュタインという小さな田舎町にたどり着いたときには、敵軍もすでにライプツィヒに集結しており、むしろ沼井は敵に近づいてしまっていた。しかし、ライプツィヒ攻撃によって敵軍もろとも伊吹の魔法が撃滅した。平原の向こう、広い空に立ち上るキノコ雲。最初は核ミサイルかと思ったが、ドイツ軍の一部隊が味方による魔法だと話しているのが聞こえていた。
曇り空を吹き飛ばして青空から光が差し込むそのキノコ雲は、沼井にとってあまりに衝撃的な光景だった。
それを行ったのがたった一人の戦略核兵器級魔法科兵だというのだ、沼井はその一介の兵士、それも日本国防軍の魔法科兵に強い関心と憧れにも似た感情を抱くようになった。自分もそんな強い魔法を使ってみたいというものだ。
そのため、大将や広尾のように変質した感情ではなかった。伊吹に対して好意的ではあるが、あんな崇拝のような感情ではない。
「俺たちは明日にも東京支部に異動になる。国防軍が嗅ぎ回ってるからには、今回のテロで欧州での活動は難しくなるはずだ」
「ちゃんとやれって話だろ、分かってるっつの」
「イスタンブール支部からも応援が来るみたいだけど、沼は知ってる?」
ようやく口を開いた広尾が言う応援とは、イスタンブール支部の桐生と臼利のことだろう。面識はないが、佐久早を介して話は聞いていた。
「会ったことはねぇ。ま、あっちはあっちでうまくやってるっぽいな。イスタンブール支部の日本人幹部も伊吹への個人的な感情でやってんだろ、よくやるぜ」
「VASNAの日本人幹部で沼みたいなのの方が少ないよ。俺や優を見習ってもらわないと」
「そうだぞ沼」
「へぇへぇ」
綺麗な顔をしていると言っても男だ、沼井にはそういう対象では見られないし、そういう興味でやっていることでもなかった。VASNAにいるのは失業したからという側面も否定できない。しかし、やるべきことをやらねばならないのは事実だ。
沼井は立ち上がり、ほとんど飲まなかったコーヒーのそばにチップを置いた。代わりに、大将の足下にある大将が持ってきた紙袋を持ってカフェを後にした。
あさって10日、いよいよ沼井は、名実ともにテロリストになる。