第四話: Gott ist tot−3
ドイツ連邦共和国・ベルリン特別州ミッテ区。
ドイツに存在する16の州のうち、首都ベルリン、ハンブルク、ブレーメンは一つの都市が単独で州を構成する。かつて300もの領邦という国家にこの国が分かれていた頃の名残だ。ドイツにおける州とは米国のそれと同じく、州ごとに絶大な権力が分配されている完全な地方分権である。これは中央から権利を与えられたというよりも、16の国家がドイツという連邦国家に対して一部の権力を与えてやっていると言った方が正しい。
それでもドイツは、冷戦時代に東西に分断された苦々しい記憶から、統一国家としての意識もそれなりに強く持っていて、ベルリンはその象徴でもあった。
ドイツにおける首都であるベルリンだが、金融の首都はフランクフルト、司法の首都はカールスルーエにある。それでもベルリンはドイツ最大の人口を擁する大都市であり、ビジネスだけでなく芸術や文化の中心地でもある。
そんなベルリンの中央、地理的に政治的にも中央であるミッテ区は、ドイツ語で中央を意味する名前であるが、ベルリンの大半の観光名所と政府庁舎が揃っている地区だった。そして首脳会談を前に、厳戒態勢が敷かれている。
ミッテ区の南西部には巨大な公園、ティーアガルテンがあり、公園周辺に広がる官公庁街はそのままティーアガルテン地区という地域に属する。この公園はほぼ森林であり、良い意味で整備されていない。
ティーアガルテン公園の南側には多くの大使館が並んでいるが、その中でヒロシマ通りという通りに面して建てられているのが日本大使館である。この通りにはほかに、辻向のイタリア大使館や、エストニア大使館、UAE大使館も面している。整備された道には街路樹が並び、その合間に高級な黒塗りのハイヤーが停車していた。
その大使館の小会議室に伊吹はいた。
テーブルを挟んで正面に座っているのは在独日本大使、明暗修吾である。まだ30代前半で烏養より少し年下くらいだろうか。精悍な顔つきはスポーツマンのようで、体格の良さもあって若々しく見える。事実、ドイツという主要国の大使を務める外交官としては異例の若さとも言える。
本日8月13日朝10時に開催される首脳会談を前に、朝からここにやって来て、先ほど簡単な挨拶も終え、部屋に二人きりとなって着席したところだ。
明暗は世界大戦中、欧州戦線がポーランドに拡大する直前に赴任したそうだ。国連ロシア占領地監視団UNROTOMとの交渉を行って、ロシアによって占領された地域からの邦人のドイツへの待避を指揮した。
「…大戦では多くの邦人の待避を指揮されたと聞いています。終戦後の混乱も、ドイツでは比較的マシだそうですね、明暗大使の手腕には恐れ入ります」
「いえいえ、この国はもともと秩序にはうるさい国ですから。レールさえ決まれば何があってもその通りに動きます。そうと分かれば楽ですよ」
明暗はあっけらかんと笑うが、たとえそうだとしても大戦前後の外交手腕は見事だった。UNROTOMによってドイツに待避してきた邦人を、いち早くなるべく西方へと移動させた。スイスに行ける者はスイスへ、大部分はスペインやポルトガルへと避難させ、余裕がある者は米国に運んだ。ロシアがさらに西へと侵攻してくることを分かっていたのだろう。
ロシアによる電撃的なポーランド侵攻が起こった際には、主たる侵攻ルートである北ドイツから優先的に撤退させ、パリへと脱出させた。
「…それに、誤算もありましたから。魔法なんてものが本当に存在して戦争に使われるとは思いませんでした」
明暗にあった誤算は、半日でロシアがドイツからパリに到達したことだろう。オランダに逃れた者は良かったが、大部分の邦人はパリに避難させていた。そのため、ロシアによるパリ占領とパリの戦いでは伊吹たちが邦人待避を行ったのだ。
「ザクセンでも、チェコからの進軍が予想より遙かに早く手が回らず…今も、ドイツ国内で働いていた邦人はほとんど元の生活に戻せましたが、破壊されたドレスデンやハノーファーにいた邦人は帰国もできず苦労させてしまっています」
「数を救ったのは確かです…それより、明暗大使は関西の出身ですか?」
「ええ、はい。バレてしまいましたか」
伊吹が若いこともあって、明暗は少し照れたように僅かに砕けた口調で言った。標準語に混じる西の訛りを感じて、侑などが白々しく標準語で喋るときの様子を彷彿とさせた。
「私のいる大隊にも多く西の人間がいますからね…ここに来ているのは一人ですが」
そろそろ本題かと思い伊吹はそう話を続けた。他のSecretの隊員は別室にいる。今日ここに来たのは他でもない、ベルリンでのテロに対する話だ。
人払いまでしたのだ、明暗も顔を引き締める。
「国防軍の皆さんは、一応ドイツ政府にも存在を隠させてもろとります。どこにVASNAがおるか分かりませんからね」
明暗は声のトーンを落とし、先ほどよりもさらに口調を緩めて喋った。明暗なりの、表面的な話は終わったという意志の現れだろう。
「この件について他に知っているのは誰ですか」
「日本、英国、ドイツの首相と米国大統領、そのごく近しい側近だけです。日本では官房長官と外務大臣、国防大臣ですね。大臣より下では私やと思います」
「…私の発案とはいえ、他国の首脳を囮にするというのはいい気がしませんね」
「えっ、朝倉さんの発案なんですか」
「ええ、西アジアでの諜報活動から立案しました」
本当に大がかりなことになったと改めて途方もないスケールを実感していると、明暗は伊吹の発案と聞いてひどく驚いていた。素直に頷くと、明暗は「ぶはっ」とおもむろに噴き出した。