第四話: Gott ist tot−4
「いや、君やりよるなぁ!おとなしそうに見えて先進10カ国の首脳を囮にするなんて案普通考えつくかぁ?」
豪快に笑う明暗に「声がでけぇんすけど!」と思わず伊吹もいつもの口調で諫めるが、それもまた笑いを誘ったのか、明暗はトーンを落としつつも笑い続けた。
「あーええな、おもしろ…君もなんや喋りづらそうにしとるなぁて思ってたけど、ええでそういう感じで」
「…あんたはドイツの大使としては砕けすぎじゃないっすか」
「ええやん、君かて堅苦しいのは嫌いやろ」
明暗は極めて優秀で、この国の大使になったほどの地位にいるのだから当然伊吹のことも知っている。ティクリートのことだって知っているのだ。なのに、あっけらかんとした態度は乾いた好意的なもので、伊吹はなぜか居心地の良さを感じてしまう。きっとそれはこの男の魅力の一つなのだろう。
これからベルリンで開かれるのは、先進10カ国による緊急の首脳会談、G10臨時サミットだ。深圳事変やバンコクでの魔法テロを受けて、魔法を巡り動揺する世界秩序に対してメッセージを発するべく開かれる。
参加国はドイツのほか、欧州からは英国、フランス、イタリア。他に米国、カナダ、日本という元G7の国々と、それに加えてロシア、中国、インドの10カ国だ。
明暗はひとしきり笑い終えてから、ようやく真面目な声になって話を切り出した。
「そんで、本題やな。警備の話やけど」
「やっとっすか」
「ええやんかもう……ドイツ軍とベルリン警察はもちろんやけどな、今回は魔法テロを警戒して、イタリアとスウェーデンからEUを介して魔法部隊が派遣されとる。これは単にバンコクのテロみたいなんを警戒してのことや」
「そうっすね、それならVASNAも想定しているはずです。ただ、奴らが持っているのは最新の魔法兵器…」
「…やっぱ、戦力はどっこいどっこいいうとこか」
「むしろ、市街地への被害を抑えて戦闘するという条件が課されたこちらが不利っすね。民間人の避難はどうなってます」
「ミッテ区ん中やと、ティーアガルテン、ハンザヴィアーテル、モアビット、ミッテの4地区は外出制限かけとるけど、それ以上はできひんかったみたいや。理由もなく避難はできひん」
「でしょうね…SバーンとUバーンも通常通りっすか」
「U55だけ終日運休やけど、それだけ」
「…はぁ、分かってはいましたけど、やっぱきついっすね」
今回こうやって明暗の元を訪れたのは、ベルリンの状況を確認し、首脳会談に関わる上層部しか知らない警備体制などの機密を聞くためだった。そのために、閣僚以下では明暗だけに今回の計画を明かしているのだ。
G10レベルの首脳会談ともなれば厳戒態勢になるのは当然だ。しかし、通常の厳戒態勢など魔法の前には無力である。目下、魔法部隊やSecretにとって最も障害となるのは市民への被害だ。この際、都市やインフラへの被害を度外視したとしても、市民の犠牲だけはなるべく避けたい。
ミッテ区を東西に貫くシュプレー川に沿っている4つの地区では外出制限が出されているものの、あくまで制限であって市民は変わらずいる。鉄道も変わらずだ。
ベルリンをはじめドイツの大都市にはSバーンとUバーンという路線が存在する。Sバーンは在来線のことで、東京で言えばりんかい線など都市の中だけで完結する路線である。Uバーンは地下鉄のことだ。ほかに、REなどの中距離路線や、ICEなどの高速鉄道、ECのような国際鉄道も存在する。
U55はUバーンの中でもミッテ区のたった3駅を往復する地下鉄だ。ターミナルであるベルリン中央駅、連邦首相府や国会議事堂があるブンデスターク駅、そしてベルリンの壁にあったブランデンブルク門で知られる場所にあるブランデンブルガー・トーア駅だけを結んでいる。
今回のG10サミットは連邦首相府で行われるため、この路線は運休となっているが、他のSバーンとUバーンは通常通りの営業らしい。
「……もし激しい市街戦になった場合、相当数の犠牲が出ます」
「その犠牲を最低限に抑えるために君らが来てんねやろ」
「…たった一人だろうと何人だろうと死は等しく死です」
「みんながそう思うとってくれたら戦争なんて起きひんのになぁ」
「大使も今のうちに郊外に移動してください」
「はは、何言うてんねん。国民より先に逃げるわけないやろ」
ここは街の中心だ、ティーアガルテンを挟んですぐのところに連邦首相府がある。今のうちに避難するよう言ったが、明暗はやはり軽く笑い飛ばすだけだった。ここで首相より先に、と言わなかったところが、この男が支持を得る理由なのだろう。
そう言うことは分かっていたため、伊吹はそろそろ作戦行動に移るべく立ち上がる。明暗も椅子を引いて立ち上がると、大柄な体を扉へと進める。
「…俺たちが守ります。いざというときにはちゃんと言うこと聞いてくださいよ」
「分かっとるて。にしても、男前やな、好きやでそういうの」
高い位置からニヤリとして見下ろす明暗に男前と言われるのは嫌みのようですらあり、伊吹はため息をついて明暗より先に扉を開けた。