第四話: Gott ist tot−6


それぞれのエリアに分散したあと、伊吹と牛島は引き続き大使館に残る。ここを含むエリアAが担当だからだ。透視をするため伊吹は会議室の椅子に座る。牛島はすぐそばに控えるように立っていた。

あれから、ほとんど会話はない。タシュケントで喧嘩したのは数日前のはずだが、随分と長いこと経っているような気がした。うっかり連邦首相府の方を見ないようにしながらティーアガルテンの南側を見渡していく。
バクーでもベルリンでも同じホテルの部屋に泊まっていたが、必要最低限の会話しかなく、今までどんな会話をしていたのかも思い出せない。もともと伊吹も牛島もそう喋る方ではない、二人だけのときはそれほど喋っていなかったはずだが、それでも沈黙がそわそわとさせて、結局伊吹は寝るとき以外は侑や昼神と一緒に駄弁っていた。

あとはひたすらトレーニングや備品の調整、司令部との連絡などの任務関係に集中していただけだ。

そのため、牛島とは特にタシュケントでのことを話題にするでもなく、また元の雰囲気に戻せるほど二人のコミュニケーション能力も高くなく、こうして気まずい空気が続いてしまっている。

そんな空気を無視するかのように透視を続けていると、ふと魔力を感じた。気のせいかと思ったが、念のため、少し任務対象地区から西に離れた地区を見ていく。すると、試すように何度か、安そうなゲストハウスの建物から小さな魔力の流れが見えた。
そこにズームしてみると、ベッドに座る男がバッグの中のものに魔力を少量だけ注いでいるのが分かった。事前に確認していたものと一致したそれに、伊吹はつい舌打ちをついてしまう。場所だけ頭にたたき込むと、瞬きをして透視を終えて立ち上がる。


「ビンゴです」

「見つけたか」


任務のこととなれば気まずさなどというものは霧散する。二人とも、その程度のメリハリはつけられる。頭の中で行き方を考えながら牛島に答えた。


「はい。シャルロッテンブルク=ヴィルマースドルフ区のゲストハウスで魔力を感知、流出した爆轟魔法兵器を持っている男を確認しました。ミッテ区が吹き飛ぶクラスの兵器です」

「深圳を吹き飛ばそうとしていたという兵器の一種だな。戦略核兵器級の魔法兵器とは…」

「生産当時は魔法国際法がない戦時中だったんでしょう。何にせよ、起動させるわけにはいかねっす」

「そうだな。行き方は分かるか」

「大丈夫です。動物園駅まで車頼みます」

「承知した」


二人はすぐに会議室を出る。扉を開けるとすぐに、廊下には明暗ともう一人がいた。伊吹より少し背が高いくらいの男性だ。薄い色素の髪に意志の強そうな瞳をしている。


「ちょうど良かった。明暗大使、車をお借りしたい」

「お、ええで。シオン、外の車適当にキー渡して差し上げてくれ」

「え…」


シオンと呼ばれた男性は驚いたようにしつつ、明暗の雰囲気に少し気圧されたのか、すぐに頷いた。伊吹たちの様子を見て緊急だと明暗も理解したのだろう。
礼を言って男性に駐車場へと案内される。明暗はひらひらと手を振っていた。廊下を進みながら、男性はこちらをちらりと振り返って名乗った。


「私は犬鳴シオン、外交官です。大使から極めて重要なお客様と聞いていますが…失礼ですがあなたは国防軍の第1魔法科大隊に所属する朝倉一尉ですよね」


犬鳴という男はまだ30代に乗っていないかどうかといった感じの若い様子なのに、ドイツの首都に駐在する外交官をしているという。優秀なのだろう。伊吹のことは例によってIMAで情報が閲覧できるため、犬鳴も知っているらしい。


「その通りですが、この街にいる理由はお話できません。お車をお借りする理由も」

「…分かってます」


駐車場に出ると、犬鳴は車のキーを牛島に渡した。牛島はすぐに左側の運転席に座る。伊吹も右側の助手席に入った。扉を閉める直前に犬鳴は「健闘を祈ります」と言ってくれた。驚いて見上げると、苦笑しているのが見えた。堅苦しい礼儀的な態度ではなくなっている。


「明暗さんは、優しそうに見えて結構厳しい。あの人が砕けた口調で喋るのは本当に信用している人だけだ。だからあんたらも、これから重要な任務にあたるんだろう」

「…はい」

「元文民のあんたに言うことじゃねぇかもしれないが…武官には武官にしかできないことがある。面倒なことは俺たちが引き受けるから、頼んだぞ」


わざわざ戦略核兵器級の魔法科兵である伊吹が出動している状況が緊急事態だとは理解しているのだろう。だからこう言ってくれた。伊吹は敬礼だけ返して扉を閉める。車はすぐに発進し、ヒロシマ通りをいったんティーアガルテンへと向かい左折した。
まずは少しだけ西に行ってベルリン動物園駅へと向かうのだ。

自分はもう武官なのだな、と今更なことを実感して、窓に映る私服姿の自分に自嘲した。迷彩服を着ていないことに違和感を感じているからだ。ざわつく心を無視して、右手に流れる豊かな森林を見つめ続けた。


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