第四話: Gott ist tot−8
駅前の駐車場に面した建物の並びの前で、伊吹と牛島は適当な車に寄りかかって駄弁っているかのように見せる。
そこに、ターゲットの男が姿を現した。リュックを背負った男は白人で、恐らくドイツ人だと思われる。そのリュックの中には、間違いなく深圳事変で流出した兵器が入っていた。顔が割れている可能性が高いため、伊吹は背を背けて透視で男を見ていたが、突然男はこちらを見るなり走り出した。駐車場を突き抜けて走る男はすぐに、伊吹の生の視界にも入ってくる。「伊吹!」と鋭く呼んだ牛島に答える時間すら惜しみ、伊吹も牛島とともに走り出した。
「くそ、牛島さんの顔も割れてたか…!」
「深圳事変で国防軍の顔は掌握されていたということか…」
牛島の言うとおり、恐らく深圳と香港での戦闘で、第1魔法科大隊のメンバーは顔が覚えられてしまったようだ。名前が一致しているかは別として、顔さえ分かれば警戒できる。
駅へと走る男は、ちょうど赤に切り替わった瞬間の横断歩道に飛び込んだ。すでに車の信号は青になっている。
「飛びます!」
「任せた!」
男が渡り終える直前には車が四車線の道路を走り始めていたため二人が渡る隙はない。仕方なく、風気魔法によって伊吹は牛島とともに空中に飛び出して、浮き上がった状態で道路を飛び越えた。信号待ちをしていた人々から驚きの声が聞こえてくる。
それらを無視して、二人は道路の反対側に降り立つと、再び地面を蹴る。男は駅の建物に入っている。ドイツの駅には改札がないため、遮るものはない。
Sバーンのホームの階段に入ったため、二人も駅の中に駆け込むとまっすぐにSバーンのホームへと走った。この駅は空港へのバスやポツダムへ向かうREが停車することもあり、地下鉄も通っているため、かなり乗降者が多い。人で混み合うところを、二人は何度もぶつかりながら走って階段を駆け上がった。非難の声が後ろから聞こえてくるのをすべて無視してホームに出ると、男はこちらを振り返る。そして追いかけてきていることを確認すると、扉を閉めて発進したSバーンを追いかけるようにホームを走り出した。この発進した列車はベルリン中央駅方面へと向かうものだ。連邦首相府のすぐ近くを通ることになる。降りてきた人々が階段へ向かっているのを突き飛ばしながら全力疾走する男は目立つため、人々は何事かと男に注目する。すぐに、そのあとを追いかけるアジア人二人にも訝しげな顔を向けた。さすがに駅員が注意しようと大声で声をかけてくるが、黙殺して男を追いかける。
「乗るつもりだ!」
「しょうがねぇっすよ、俺らも乗ります!」
男は走った勢いのままホームの端から柵を飛び台に大きくジャンプし、電車に飛び乗った。伊吹も風気魔法で牛島と浮き上がると、ホームから電車の上に飛んだ。人々のざわつく声やスマホで写真と撮る音などが背後から聞こえてくる。
ベルリンのSバーンは第三軌条方式で走行するため、電力はレールから得ており、車体の上にはパンタグラフがなく架線もない。車体も平たい屋根をしているため、電車の上に乗るには都合のいいものだった。
最後尾の車両の上に乗ると、走行中のため風を正面から受ける。男は一両前にいた。
第三軌条方式はスピードが出せないことから風は大したものではないものの、高架の上を走行するため遮るものが周囲になく、建物の高さが揃えられていることから開放的だ。晴れた青空と夏の太陽の下、電車の屋根の上で二人は男と対峙する。
「Freeze!(止まれ!)」
伊吹が叫ぶと、男はそれより前に向かうのをやめる。どちらにせよ逃げ場はない。レールには高電圧の電気が流れ、隣の線路はREであり架線がある形式のため迂闊に飛ぶこともできない。上も下も感電の恐れがあるこの状況で、男はどこにも行き場がなかった。
「Put it on the roof.(そのリュックを置け)」
大事そうに抱えているリュックを置くように言うが、男は動かない。銃こそ持っていないが、牛島が分かったくらいだ、伊吹のことも分かっているだろう。二人の魔法を持ってすれば男に勝ち目などなかった。