第四話: Gott ist tot−11
ふと、崩れた壁の反対側に瓦礫が散乱しており、そこに背の高い男性が倒れているのが見えた。陸軍の茶色い迷彩服を着ており、袖にはイタリアのトリコロールが刺繍されている。捲った袖から覗く腕は逞しく白いが血に汚れていた。
痛みに歪む顔のそばにはベレー帽が落ちていた。イタリア軍の魔法科兵だ。
「You’re alright?!(大丈夫か?!)」
駆け寄って声をかけると、男性は目を開ける。恐らく爆発とともに大使館に叩き付けられ、それによって壁が崩れているのだろう。男性の体はシールド兵器によって守られてはいるようだが、それでもさすがに無傷とはいかない。白馬と同じくらいの200センチ越えの身長だ。
「…日本人…?」
すると男性は伊吹と目線を合わせると、たどたどしい発音でそう言った。
「あぁ、日本語分かるか」
「…a little bit, I got trained in Japan for magic.(少し。魔法の訓練を日本で受けたんだ)」
「coincident, now you are in embassy of Japan.(偶然だけどな、お前が今いんの日本大使館だぞ)」
「…はは、偶然。びっくり…僕は、アドリア・トマス、イタリアの軍隊」
トマスという男は、苦笑するが痛みに顔をしかめる。恐らく命に別状はないだろうが、しばらく動けないだろう。骨も折れているかもしれない。相変わらず公園からは爆発音が響き、フロア内では職員たちが急いで書類をまとめて撤退の準備をしている。
「トマスな、俺は朝倉伊吹。状況は分かるか、situation」
「uh…terror attack happened near the G10 venue, terrorists mainly use explosion magic and the magic weapons…(ええと…G10の会場の近くでテロが起きたんだ…テロリストは主に爆轟魔法と魔法兵器を使ってる…)」
伊吹はトマスの様子を見て、敵の強さは魔法よりも魔法兵器だと確信した。イタリア軍は早々に中立宣言をして欧州戦線に加わらなかったこともあり、魔法科兵の実戦経験がない。しかし、それでも世界各地で訓練を受けており、トマスもどうやら日本での経験があるらしい。国防機密に関わるため、伊吹たちはそのとき一緒にはいなかったが、それくらいイタリア政府が魔法科兵を重視していたのであれば実力は相当なものだと窺える。
それにも関わらずここまで苦戦するのは、魔法兵器による高度なアシストがあると考える方が自然だ。
するとそこに、扉が開いて大柄な男が入ってきた。明暗だ。後ろには犬鳴もおり、部屋の惨状に目を見張っている。
「明暗大使!」
「っ、朝倉さん、その人は…」
「イタリア軍の魔法科兵です。一緒に撤退させてください、これでは戦闘の継続は不可能です」
「分かった。街の状況は、」
明暗がそう言いかけた瞬間、耳を劈く轟音とともに部屋の反対側が爆発した。職員たちは悲鳴を上げて蹲り、振動が床を揺らし、ガラスや照明が砕けて火花が散る。書類がまた舞い上がり、埃が舞い落ちた。
「うおっ!?」
明暗と犬鳴も床に倒れ込む。伊吹は逆に立ち上がると、瞬きをして主観透視に切り替えて公園を見る。ティーアガルテンからはもうテロリストたちがこちらに接近しており、明らかに大使館街を標的にしているのが分かった。戦闘しているイタリア軍はもういない。いても離れた北側におり、南側の守りはもはやなかった。
この距離では公園での迎撃は間に合わない。伊吹は壁に空いた穴の前に立つと、公園から吹き付ける爽やかな風と硝煙の匂いを感じながら手をかざした。
「ここは俺が守ります。早く脱出の準備を」
そして後ろにいる明暗たちにそう言うと、明暗は驚いた顔になる。
「な、一人でか?」
「俺を誰だと思ってんすか?」
ニヤリとして言ってやれば、明暗は一瞬ぽかんとしたあと、ふっと小さく笑う。
「ホンマ、男前やな自分。分かった、任せたで」
「朝倉一尉、10分時間くれ」
犬鳴は早速撤退するため、時間を10分に設定した。それだけあれば脱出できるということだ。表情を見てそれが誇張でもなんでもないと分かり、伊吹は頷く。
そうした会話を見ていたトマスは、息を詰めて力みながら立ち上がった。明暗は心配そうにしていたが、トマスはそれを腕で制して、なんとか立ち上がってこちらに歩いてきた。そして伊吹の肩に腕を回し、少しだけ体重をかけてくる。それを軽く支えてやると、トマスは意志が伝わったことに嬉しそうに笑った。
「あなた、Montmartre Grim Reaper、違う…正義の味方、格好いい」
「…ありがとな」
死神ではなく正義の味方だと言ってくれたトマスは、とても心優しい青年なのだろう。若く見えるが犬鳴と同じくらいの年齢だと思われる。
伊吹一人で戦わせず自分もギリギリまで残るというトマスの意思表示を受け取って、伊吹は受け入れるようにトマスを支えながらティーアガルテンに視線を戻した。伊吹のことを知りながら変わらず接してくれる明暗や犬鳴、そしてトマス。それだけで、不思議と戦う気力が沸いてくるのを感じた。