第四話: Gott ist tot−12
「なしか…なしてこげな、無差別な攻撃しよんちゃ…」
ハッケシャーマルクト駅の駅前の広場からシュプレー川北岸のジェームス=シモン公園にかけての開けた場所を逃げ惑う人々を見ながら、桐生は呆然と呟いた。後ろでは臼利が心配そうに「八さん…」と呼びかけるが、答えることができない。
博物館島の北東、川の北側にあるSバーンやUバーンの駅であるハッケシャーマルクト駅は、主要な駅であることやオフィスの高層ビルが並ぶこと、さらに駅舎が赤レンガで高架下もレンガ調のテナントが並んでいることから、まるで東京の新橋のような趣の駅だった。
悲鳴を上げて走る人々と立ち並ぶ建物の向こうにはベルリンテレビ塔が見えており、木々の奥にはベルリン大聖堂も見える。
「聞いちょらんぞ、こげなこと、連邦首相府だけっちゅう話やないんか…」
「俺たちと違う指揮系統があったっちことですか」
「あぁ……こん作戦の管轄はドレスデン支部、指揮しよんのは沼井っち男ちゃ。そいつが無差別攻撃に作戦変えたんちゃろ」
もともと桐生と臼利は、このハッケシャーマルクト駅からSバーンに乗って、電車から直接連邦首相府を攻撃する予定だった。しかし、電車に乗る前にティーアガルテンの方で大規模な爆発が起き、なし崩し的にあちこちで攻撃が始まった。
桐生はそれが無秩序なものに見えたが、恐らく、これはもともとあの爆発を合図にミッテ区で同時多発的にテロを起こす手はずだったのだ。
そこに、一際重く大きな爆発音が聞こえてきた。視線を向けると、テレビ塔がゆっくりと傾いていく。その足下からは黒煙が上がり、爆発が根元で起きたのだと分かる。
最初はゆっくりと傾いていったテレビ塔だが、角度が増すにつれてどんどん早く倒れていき、そして人々の悲鳴とともに巨大なテレビ塔は南側に倒れた。
倒れたあたりはヴァッサーカスカーデンという公園のため犠牲は多くないはずだが、ベルリンの象徴の一つが呆気なく崩壊したことに、桐生は衝撃を隠せない。
攻撃が始まってそれなりに経っているが、市内には軍隊の他にもVASNAと交戦している勢力がいるらしく、どんどんこちらの数は減っている。VASNAはただ攻撃しているだけでもはや目的などないに等しい。そんな相手を前に、防戦一方にならずにいるというのはかなりの実力者だ。
まさか、イスタンブールで嗅ぎ回っていた国防軍だろうか。
もしそうならこれを止めてくれ、そう思ったときだった。
「これがあんたの望んだことなのか」
後ろからかけられた静かな、それでいて凜とした声。忘れるはずもない、たった一瞬の会話。
ゆっくりと振り返ると、そこには、朝倉伊吹がいた。臼利の驚愕の表情も見える。混乱と恐慌が満ちる駅前の広場で悠然と経つ伊吹は、まるでこれから桐生を断罪しようとしているかのようだった。
「……なしか、ここに………」
「ティーアガルテンにいた勢力は潰した。大使館街も日本大使館を含めて撤退完了。ポツダム広場からウンターデンリンデン通りにかけても放逐完了。今、ベルリン中央駅周辺とハンザヴィアーテル、それから博物館島周辺での戦闘を仲間がやってるところだ。俺は大使館の防衛が終わったから、この辺のテロリストを倒したところ」
確かに、桐生が呆然としている間にハッケシャーマルクト駅前で暴れていた者たちがいなくなっていた。近くのビルからは依然として煙が上がっているものの、もう攻撃音は遠くからしか聞こえない。
風気魔法で伊吹は空を飛べると知っていたが、ここまで移動が速いとは桐生も思っていなかった。
「…桐生八、臼利満。お前らの目的はなんだ」
そう尋ねた伊吹だが、それは疑問というより確認のようだった。その様子に怪訝に思っていたのが伝わったのか、伊吹は続けて口を開く。
「猯と雲南から話は聞いてる。勝手に俺のためっつってこんなことしてんのもな」
「話…?あいつら、普通にイスタンブールに帰っちきよったのに…」
「わざと帰したんだよ、情報抜くためにな」
「まさかあいつら、裏切ったんか…?!」
驚く桐生に、伊吹は目を細めた。睨んでいるとまではいかないが鋭いそれに、桐生は背筋がぞくりと震えるのを感じた。